2014年12月14日日曜日
マスターの恋ばな② ー友人の恋編ー
若き日の僕の恋ばな第2弾です
恋の季節、クリスマスシーズンに向けて
お時間のある方は、読んでみてください!
実務研修もすべて終わった九月末、ついに僕の配属先が決まった。
設計システム3課。
希望通りの配属先だった。
この日の僕は、朝からろくに食べ物も喉を通らないほど緊張していて、その安堵感と言ったら言葉で表すのが難しいほどだ。
実は設計システム3課は、以前研修でお世話になった課でもあり、仕事内容はもちろん、雰囲気が良かったのもあっての希望通りの配属先だった。
しかも、そこは私服での通勤が許されており、僕は堅苦しいスーツからも解放された。
メンバーは、三浦課長を筆頭に、庶務の佐藤さんまで含めると総勢23人。
設計担当の1、2係と電気担当の3係で構成され、各係7人体制で、僕は木下係長の2係の下、5人の先輩方と一緒に仕事をすることになった。
先輩方はお世辞抜きにいい方ばかりで、僕は思いのほかスムーズに仕事に溶け込んでいった。
仕事内容は、主にOA機器の設計から耐久試験まで。
新人ということで、最初は耐久試験の担当となった。
希望の設計をさせてもらのには、まだ随分と先になりそうだ。
庶務の佐藤さんは、僕より三つ年上の25歳の既婚者で、いかにも仕事が出来るといった綺麗な女性だった。
さらに姉御肌のその存在は、庶務の間でも一目置かれていた。
そんな佐藤さんもまた、まだ仕事のおぼつかない新人の僕を、いい意味で可愛がってくれていた。
ただ、どんな職場にもいると思う。
この課の主である三浦課長だけは、どうしても好きになれなかった。
50歳を悠に超えるこの禿げ親父は、とかく昔気質の気難しい上司だったからだ。
僕を受け入れてくれたのだから、それなりの恩はあった。
でもどこか、言葉では表現しにくいのだが、生理的に合わない、といったところだ。
誰にでもあると思う。
だが人生とは、時に思いも寄らぬ人に左右されることがある。
この三浦課長もまた、のちの僕の運命を握る人となるのだ。
ここでこの物語を進めていくうえで、欠かすことの出来ない二人を紹介したいと思う。
1人目は、僕と同じ設計システム3課の1係に所属し、同じ九州出身の澤井祐介さん。
澤井さんは僕より五つ年上の27歳で、恰好良くて、爽やかで、仕事も出来て、こんな完璧な人間がいるのかというくらい、本当に非の打ちどころのない人だった。
おまけに独身で性格までいいときたもんだから、社内の女の子たちの間でも人気は高かった。
僕とは係が違うにも拘わらず、仕事の面でも随分とフォローしてもらい、まさに頼りになる兄貴的存在といった感じで、僕はそんな澤井さんを純粋に尊敬し、また憧れてもいた。
もう一人は、僕と同期入社の22歳で、これまた九州出身の佐伯美帆。
佐伯は、別のビルの研究システム4課に配属されていた。
性格は素直で明るく、よく気も利いて、とにかく一緒に居て楽な奴だった。
佐伯とは同郷だったということもあってか、すぐに仲良くなり、飲みに行ったり、競馬に行ったりと、男女の仲を越えた良き友人だった。
因みに僕の恋愛理念では、男女間に楽々と友情は成立する。
例えどんな状況下に置かれようと、タイプでない女性に、僕の理性が負けることなど100%ありえないからだ。
まぁ、当の佐伯の方こそ、僕を一人の男として見ていなかったとは思うが。
そんな佐伯とは、何でも悩みを相談し合える間柄でもあった。
仕事にも随分と慣れてきた10月末のとある昼休み、その佐伯が、僕に二人っきりで話があると言ってきた。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけど・・・」
えらく神妙な面持ちで、彼女はそう切り出してきた。
「澤井さんとは同じ課だよね」
「澤井さん・・・あぁ、一緒だよ」
いきなり出てきたその名前に、僕は少々驚いていた。
「どんな感じ?」
「どんな感じって、まぁよくしてもらってるよ。それがどうかした?」
ここで、佐伯の顔つきが突然変わった。
彼女は小さく深呼吸したかと思うと、急に真面目な顔になって話し始めた。
「ん~と、よかったら今度ね・・・澤井さんと一緒に飲みたいなーって思ってるんだけど・・・セッティングとかしてくれない?」
佐伯は幾度と言葉を詰まらせながらも、何とかそう言った。
見ると、そんな彼女の顔は少し紅みを帯びているようにも見えた。
僕はというと、さらに驚いていた。
佐伯が自分からそんなことを言い出す女の子だとは、正直思ってもみなかったからだ。
恋愛に関しては少し奥手な方だ、彼女との半年ほどの付き合いの中で、勝手にそう思い込んでいたからでもあった。
そこで詳しく話を聞いてみると、佐伯も僕と同様、以前研修でお世話になり、どうやらその時に澤井さんに好意を持ったらしい。
「分かった。とりあえず聞いてみるよ」
それでも佐伯の気持ちを即座に汲んだ僕は、笑顔でそう返事をしていた。
それは大切な親友の頼みだったこともあるが、何より彼女の勇気に敬意を表したからだった。
彼女にしてみれば、余程の決意を持ってのことだろう。
まぁ実際は、他人の恋路が大好物な上、お節介好きな僕にとってはもってこいの役目だったんだけど。
「ホントに!ありがとう」
佐伯は興奮気味にそう声を上げると、
「じゃあ、よろしくね」
笑顔でその場を後にしていった。
「澤井さんかぁ・・・」
嬉しそうに去っていく佐伯の後ろ姿を、僕はそんなセリフを吐きながら見つめていた。
「でも、澤井さんかぁ・・・」
ふと我に返って、僕は頭を抱えた。
まぁこんな経緯で、僕は親友の佐伯の為に一肌脱ぐことになった。
その日の終業後、僕は早速澤井さんの元を訪れた。
「以前研修で来た、佐伯って覚えてます?」
幾分上ずった声で、僕はそう切り出した。
「あー、憶えてる、憶えてる。確かあの子だよね」
澤井さんは憶えてくれていた。僕はひとまずほっとしていた。
「その佐伯がですね、今度澤井さんと飲みに行きたい、みたいなことを言ってるんですけど、どうですかね?」
僕は佐伯の期待を一身に背負って、神にすがるような思いでそう尋ねた。
「別にいいよ」
すると、澤井さんはあっさりとそう答えた。
「ホントにですか?」
「あぁ、お前も来んだろう」
「あ、はい・・・もちろん」
訊き返したのには、理由があった。
澤井さんのことだから、てっきり可愛い彼女かなんかがいると思っていて、面倒くさい後輩女子なんかをいちいち相手にしないと思っていたからだ。
それも、ちょっと研修でお世話したくらいの女の子に。
「ありがとうございます。じゃあ澤井さんの都合のいい日を教えて下さい。こっちはそれに合わせますから」
「分かった、決めとくよ」
僕の予想を遥かに裏切るように、こうしてセッティングはあっさり決まった。
佐伯の喜ぶ顔が即座に浮かんできた。
自然とにやけた。
と同時に、この時僕にはまた新たな思惑も浮かんでもいた。
そしてその思惑を実行に移そうと考えた時、僕は思わず含み笑いを浮かべているのだった。
迎えたセッティング当日、僕は澤井さんに待ち合せ場所と時間だけ告げると、そそくさと職場を後にした。
そう、僕の思惑とは、二人だけで会わそうという計画だった。
「いきなり二人だなんて、無理だよ、無理ー! なに喋っていいか全然分かんないし、絶対に無理ー!」
佐伯の慌てぶりといったら、尋常でなかった。
でも、僕はそんな彼女に、諭すようにこう言うのだった。
「チャンスやで!これは絶対にチャンス!」
実際のところ、澤井さんに彼女がいるかどうかは分からなかった。
でも、なんとかなる。
何故か、そんな気がしてならなかったからだ。
理由はと訊かれても困るが、何だかそんな気がしたからだ。
僕の執拗な説得に、佐伯は渋々納得した。
たださすがに澤井さんにだけには、少々後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
僕のことを嫌いにならないよう、この時ばかりはちと神に願った。
「お前なぁ・・・」
翌日、僕を見つけた澤井さんは、呆れ顔でそう言ってきた。
「すいません」
僕は頭を掻きながら、何度もそう平謝りをした。
そしてその後はお決まりのように、とにかく笑って誤魔化した。
「全く・・・」
そう言いながらも、澤井さんも最後は笑顔で許してくれた。
でもその顔は、何だか少し嬉しそうにも見えた。
一方の佐伯はというと、
「楽しかったよ」
と、これまた笑顔で話してくれた。
ただ、僕は、それ以上のことはあまり詮索しなかった。
敢えて、訊かなかった。
勿論、最高の結末を期待はしたが、二人の笑顔が見れたことで、それなりの満足をしていたからでもあった。
でも、奇跡は起こってしまった。
それから一カ月ほどたったある日、信じられないような話が僕の耳に飛び込んできた。
もうお察しだとは思うが、二人が付き合ってるという噂だった。
僕は、自分の耳を迷わず疑った。
あの日以来、佐伯とは幾度も話をしているが、澤井さんのさの字すら、佐伯の口からは聞いていなかったからだ。
「俺に報告もなく、そんなことって・・・」
すぐさま真意の程を確かめたくなった僕は、さすがに澤井さんには訊くことが出来なかったので、大急ぎで佐伯の元を訪れた。
「お前、澤井さんと付き合ってんの?」
佐伯を見つけるなり、僕は高ぶる感情を抑えながらそう訊いた。
「・・・うん」
少しはにかみながら、佐伯はそう頷いた。
「こいつ、女の顔になってる」
佐伯の見せたことのない表情に、僕は心の中で思わずそう呟いていた。
「なんで言わなかったん?」
僕は少し水臭いといった感じで、続けた。
「・・・ごめん、ずっと言おう言おうって思ってたんだけど・・・なんか照れくさくて・・・」
さらにはにかんだ顔で、佐伯はそう言った。
そこで詳しく話を訊くと、その後何回かデートを重ね、最近になって付き合い始めた、ということだった。
それも、何と、二回目からは澤井さんの方が積極的だったという。
これには正直、セッティングした僕が一番驚いた。
「でもよかったな、ホンマよかった。まぁ半分は、俺のおかげやけどな」
僕は少し自慢げにそう言った。
佐伯は遠慮がちに頷いた。
少し恥じらってもいた。
ただその顔は、やけに輝いて見えた。
そして、吃驚するほど綺麗だった。
「じゃあ、今度詳しく聞かせてや」
「うん・・・分かった」
すっかり得意げになった僕は、スキップでもしそうな勢いでその場を後にするのだった。
嬉しさを堪えるのに、僕はもう必死だった。
仕事に戻った僕は、ばれないように澤井さんに視線を送っていた。
「澤井さんは、思った通りの人だ」
佐伯の良さに気付いてくれたことが、やけに嬉しかった。
「にしても、澤井さんもやるね」
にやけ顔で、そうも呟いていた。
気付けばそんな僕は、佐伯のはにかむ笑顔をまた思い出していた。
またまた、にやけた。
そんなふうに僕は、僕の大好きな二人が付き合い始めたことを、何度も何度も祝福しているのだった。
実は、こぼれ話がある。
今となっては記念すべき、この二人の初デートの日、幸か不幸か、佐伯はある映画の試写会を観に行くことになっていた。
その映画とは、当時かなり話題になっていた、リチャード・ギアとジュリア・ロバーツW主演の「プリティ・ウーマン」。
しがない娼婦がハンサムな実業家と恋に落ちる、いわゆる奇跡のシンデレラ・ストーリーだ。
無論、のちに大ヒット作となるわけだが、その内容も素晴らしく、闇雲に氾濫する恋愛映画史においても名作と謳われる、珠玉のラブ・ストーリーである。
佐伯は、この映画をとても楽しみにしていた。
試写会に応募するくらいだから、それは言わずと知れたところだ。
だがその日、佐伯は澤井さんとのデートを迷わず選んだ。
「別の日にしてもらえば、よかったのに・・・」
そんな僕の言葉にも、佐伯は静かに首を振るだけだった。
そして、佐伯は、自らシンデレラになった。
佐伯の思いの強さが、奇跡まで呼んだと思った。
その後二人は、なんと結婚までしてしまうんだけど、奇跡を運命にまで変えてしまった佐伯は、ある意味「プリティ・ウーマン」を越えたとも思った。
ジュリア・ロバーツまでも、は、ちと言い過ぎか。
「これは、私の気持ち・・・」
そして残された試写会のチケットは、気付けば僕の掌の中にあった。
翌日の試写会場には、大勢の若い女性たちに囲まれて、ひたすらオロオロする僕の姿があった。
そのあまりの恥ずかしさに、僕はこの場に来たことを少し後悔し始めてもいた。
だが二時間後、そんな思いは跡形もなく消え去っていた。
美しくて華麗なジュリア・ロバーツに、僕はすっかりメロメロなっていたからだ。
「プリティ・ウーマン~」
会場を出た後も、無意識にそう口ずさむ僕の顔は、とにかくにやけっ放しだった。
しかし、綺麗ごとばかりで終わらないのが世の常。
その後、二人をセッティングしたのが僕だということが社内中に広まり、僕は澤井さん目当ての女子たちから、暫くの間冷たい視線に晒されることとなった。
僕はそう大きくない体を、さらに小さく丸めるのだった。
まぁそんな話もありながら、僕は社会人二年目の春を迎えようとしていた。
仕事はまずまず軌道に乗った感のある僕だったが、身体はいつしか金曜日の午後になると急に元気になり、日曜日の夜になると急に憂鬱になるといった、サラリーマン体質へとその変貌を遂げていた。
疲れもなかなか取れなくなり、朝食を採るのを止めて、その時間を睡眠に充てるようになった。
休日も、ぼーっと寝て過ごす日が増えていった。
僕は着実にサラリーマン色に染まっていく自分を、感じずにはいられないのだった。
「これがこの先、永遠に続くのか・・・」
怖くなって、僕はすぐに考えるのを止めた。
杏子との関係はというと、変わらずだった。
ただ僕は、たまにしか会えない彼女の望みに、可能な限り応え続けた。
彼女が行きたい場所は、すべて行った。
彼女が欲しがるものは、出来るだけ買ってあげた。
彼女が食べたいものは、一緒に食べた。
彼女が歌って欲しい曲は、全部歌った。
どんなに応えても、また応え続けても、彼女の心が完全に満たされることはなかったのかもしれない。
でも、彼女は、いつも楽しそうだった。
どんな時でも、その優しい笑顔を僕の隣で浮かべていた。
ただ、僕には、その笑顔が時に痛々しく感じることもあった。
その笑顔の奥にある彼女の本当の思いが、次第に僕の重荷になり始めてもいた。
遠距離恋愛を始めて間もなく一年、二人の歯車は少しづつ、だが確実にズレ始めてもいた。
そしてその一度狂った歯車が、そう簡単に元に戻せる筈もないのだった。
でも、僕はとっくに気付いてたんだ・・・。
僕の杏子への気持ちはきっと、あの別れを切り出した日以来ずっと、既に愛を見失った情のみへと、そのかたちを変えていたことに。
桜の華が満開になろうかという三月の終わりに、その話は突然舞い込んできた
あの相沢優美が、六月に結婚するという話だった。
兼ねてからの噂もあり、それは僕にとってそう驚く話でもなかった。
そう、相沢優美には付き合っている人がいたのだ。
それも、社内に。
そのお相手とは、彼女と同じ設計システム6課の西岡祐也さん。
年齢は、確か僕より4つくらい上だったと思う。
仕事上の接点があまりないので、まだこの時は、顔くらいしか分からないが。
だが、二人が付き合ってるという話は風の噂で聞いてはいた。
ただあの日以来、相沢優美とほぼ交わることなく過ごしてきた僕にとって、当然この話に特にこれといった感想はなかった。
まだ、この時までは。
しかしこの結婚によって、思いもよらず運命の歯車は動き出す。
きっかけは、僕の課の庶務の佐藤さんだった。
佐藤さんが出産により、急遽退職することになった。
すると、その空いたポストに、なんと相沢優美が配属されることになったのだ。
何でも、結婚後も同じ部署にいるのはまずい、というのが一番の理由らしい。
彼女のことをえらく気に入ったうちの禿げ親父、いや三浦課長がこの機会をいいことに強引に引っ張って来た、なんて噂もあった。
でもその過程なんて、理由なんて、僕にはどうでもよかった。
あの相沢優美がうちの課に来る、これから毎日彼女に会える、その事実だけに僕は浮かれいた。
浮かれきっていたのだ。
そのあまりのはしゃぎっぷりは、気に障った同期の連中から隠れて非難されるほどだった。
でもそれに暫く気付かないくらい、僕は完全に浮かれいた。
だからそんな僕が、彼女がすぐに人妻になることなんて、頭の片隅にだって、これっぽっちもある筈もないのだった。
そして満開の桜が静かに散り始めた1991年4月、相沢優美はやって来た。
自身の結婚を、僅か二カ月後に控えて。
24歳、春の出来事だった。
第二弾、恋ばな-友人の恋編-いかがでしたか?
拙い文章でホントすみません。でも、その分読みやすい筈です (*´ω`*)
また続編で、お会いしましょう。
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