2015年12月31日木曜日
2015年ありがとうございました!
2015年、来店して頂いた皆さま
本当にありがとうございました!
今年も、ルシエではいろんなことがありました
恒例のロッテイベントに、スタジアムでの観戦ツアー
流しそーめんパーティーに代表されるように
たくさんのパーティーもやりました
初の屋外イベントのバーベキュー
登山部での、奥多摩の三頭山への山登り
鴨川のロッテキャンプにも行きました
麻雀サークルも大盛り上がりです
今後も、皆さまに愛されるお店作りに
引き続き精進していきたいと思いますので
変わらぬご愛顧のほど、宜しくお願い申し上げます
カップルの方も順調に誕生しており、嬉しい限りです (*´ω`)
そちらも、引き続きお力添えをしていきたいと思っております
そして、新年は1月4日からの営業になります
皆さまのご来店、心よりお待ちしております (*^^*)
それでは皆さま、残り僅かではございますが
よいお年を!
そして、営業最終日の本日、大晦日
カウントダウンすき焼きパーティー!
みんな、盛り上がろうぜぇー!!!
2015年12月15日火曜日
大晦日まで!
2015年12月8日火曜日
マスターの恋ばな⑦ ー転落編ー
僕の恋ばな第7弾です。
お時間のある方は読んでみてください。
優美と杏子との狭間で揺れる僕に、神は遂に試練を与えた。
澤井さんが会社を辞める九月末、事態は思いもよらぬ方向へと走り出していくのだった。
それは、突然の話だった。
折りからの会社の業績停滞に加え、澤井さんの退職も少なからずの起因となって、なんと設計3課を中心とした大規模な人事配置転換が行われるとの噂が流れ始めたのだ。
僕の周りにも、いつしか不穏な空気が漂い始めていた。
課内の数名が、他部署への異動の可能性があるといった噂だった。
「万が一俺が飛ばされたら、優美のせいでもあるからね」
そんな中、僕は優美とこんな冗談をよく口にしていた。
そう、この時の僕は、まだそこまでこの噂を深刻にとらえていなかった。
配属されて僅か二年の僕が、異動なんてある筈がない、
正直そう思っていたからだ。
しかし一方で、何よりも、誰よりも僕自身が、その異動リストに入っている可能性も否定できなかった。
何しろ、僕は、明として三浦課長に好かれていなかったからだ。
そして、その原因の一つが、優美と必要以上に親しくしていることが起因していることが、偽りようもない事実でもあったからだ。
「大丈夫やって」
優美は決まってそう言って、笑顔でそれを受け流した。
僕はその言葉を信じていた。
いや、信じたかった。
しかし一方で迫りくる暗雲を、何故か感じずにはいられなかった。
理由はと聞かれても困るが、何故かそんな気がしていたのだ。
そして、1992年9月30日、僕は運命の日を迎える。
その日の空は、やけに不気味な感じの分厚い雲に覆われていて、今にも激しい雨を生み出さんかと、産声を上げ始めているようにも見えた。
早朝に木下係長から、午後に係内ミーティングを行うことが告げられた。
やはり、何かある。
噂は、現実となりつつあった。
奇しくも、この日は、澤井さんと佐伯が退社する日でもあった。
僕は挨拶周りに来た二人と、最後の想い出話に話を咲かせていた。
しかし内心は、午後のミーティングのことが気になって、心此処にあらずといった感じだった。
定時一時間前の午後四時に、僕を始めとする2係全員が、三浦課長と木下係長の待つ会議室に集められた。
事の重大さを見据えるかのごとく、会議室は既に異様な雰囲気に包まれていた。
僕はこの時、今からちょうど二年前に経験したあの配属先発表を思い出さずにはいられなかった。
途端に、胸騒ぎが止まらなくなった。
初めに三浦課長が、今回のミーティングの経緯について語り始めた。
僕が入社して二年半、青天井と思われたバブル景気は今や空前の灯、景気は停滞期を迎えようとしていた。
会社側も、そんな状況にいち早い対応をすべく、課内改革を行うとの主旨が説明された。
噂は、遂に現実となった。
僕の緊張も、止まらなくなった。
すると、一通り話を終えた三浦課長の顔が、さらに引き締まった。
そして次に課長の口から発せられた言葉は、その場にいる僕ら全員を一瞬で凍りつかせていくのだった。
「この2係は、今日を以って消滅します。それに伴って各々異動となりますので、今から新しい配属先を発表します」
その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中は真っ白になった。
予想を遥かに超えた状況に、頭の整理は全くと言っていいほど追いつかなかった。
でも、そんな僕の気持ちなんてお構いなしといった感じで、課長は淡々と発表を進めていくのだった。
それでもその発表は、四人目の先輩までは課内の係内異動といった、比較的穏やかなものだった。
僕も幾分、楽観的になりかけていた。
だが、太田さんの番になると、室内はその空気を瞬時に異質なものへと変えていった
太田さんに、情報システム5課への異動、そう、他部署への異動が告げられたのだ。
瞬く間に、気が動転していった。
だが、息つく間もなく僕の番。
そして、僕が呼ばれた異動先は、なんと、生産システム1課だった。
生産システム1課。
その名前に、僕は目の前が途端に真っ暗になった。
一瞬で、何も見えなくなり、何も考えられなくなった。
そう、僕は深い深い奈落の底へと、一瞬のうちに突き落とされていったのだった。
その異動先である生産システム1課は、仕事内容は今とさほど変わらない、製品の開発や実験を行う部署ではあった。
しかしそれは、製品の開発とは到底かけ離れた、完成した製品の緩衝部材や梱包部材の開発を行う部署だった。
簡単に言えば、花形の開発部門から、裏方の開発部門へ。
そう、この異動は、端から見れば、単なる技術部内異動だったが、僕ら技術屋からすれば、都落ち、そう、左遷と同じだったのだ。
僕は、上司から完全に見限られた。
そして、完膚なきまでに見捨てられたのだった。
あまりのショックに、僕は暫く放心状態のままだった。
ミーティングが終わってからも、すぐには席から立ち上がることが出来ないでいた。
それはそれくらい、受け入れ難い事実だった。
先輩たちに促されて、僕は何とかその重い腰を上げた。
でも、その足取りは酷く重かった。
誰かに支えてもらわなければ歩くことの出来ないほどにも、それは見えた。
ようやく会議室から出ると、他の係の先輩たちが声を僕に掛けてきた。
でも、その声は、到底僕の耳には届いていなかった。
逆に、僕には、哀れむといった同情の声に聞こえて仕方なかった。
だから、僕は、一言も言葉を発することはなかった。
そして、そんな僕を察してか、気付けば僕の周りには誰もいなくなっていた。
課内は、その時、あり得ないくらい静まりかえっているように感じた。
それは、僕がこれまでに経験したことのないような、疎外感ですらあった。
席に戻った僕は、依然失意のままだった。
突きつけられた現実を、少しも受け入れられないでいた
正面をじっと見据えたままだった。
完全に固まっていた。
それでも周りの視線を徐々に気にしてか、気丈に振舞おうともした。
でも、そんな僕にも、周りはやはり冷ややかな視線を浴びせてるように感じた。
そして、陰でこんなふうに話してるように、僕の耳には聞こえていた。
「優美ちゃんと、遊び過ぎたからや」
「自業自得やで」
悔しかった。
悔しくて仕方なかった。
そんな僕の体は、怒りや屈辱感で満ち溢れていた。
それは、三浦課長や木下係長に対するものであり、僕のことを陰で嘲笑う先輩たちに対するものでもあり、自分自身に対するものでもあった。
そう、僕は、完全にプライドを傷つけられていた。
そしてそれは、簡単に立ち直ることが出来ないほどの、酷い傷つけられ方だった。
暫くすると、そんな僕を気遣ってか、澤井さんと太田さんが声を掛けに来てくれた。
「大丈夫か?」
心配そうに、二人はそう訊いてきた。
「大丈夫です・・・」
僕は、そうとだけ答えた。
ただ、その顔からは、すでに生気は消えていた。
目は、完全に虚ろだった。
気が付くと、二人も僕の前からいなくなっていた。
それに暫く気付かないくらい、僕は精神状態も麻痺しているのだった。
その後も、僕は、暫く席で固まったままだった。
誰とも、言葉を交わすことはなかった。
無論それは、優美さえ例外ではなかった。
あれほど気にしていた彼女の姿が、この時ばかりはまるで目に入らなかった。
そして定時を迎えると、誰とも目を合わせることなく、挨拶さえすることなく、ひとり静かに職場を後にした。
外は、いつしか、僕の涙雨ともとれるような雨が降り始めていた。
見上げる空も、僕の気持ちを映し出すかのように、澱んだ灰色に染まっていた。
その降りしきる雨の中、僕は傘から垂れる雨粒にどっぷりと肩を濡らしながら、ひとり寂しく帰路に就くのだった。
誰よりも早く寮に戻った僕は、それから一歩も部屋を出るようなことはなかった。
ベッドに、仰向けになったままだった。
腹は空いているはずなのに、食欲も全然なかった。
全くと言っていいほど、立ち直ることが出来ないでいた。
何も考えられないでいた。
そんな僕の異動は、技術部内ではすでに知れ渡ってしまったのだろうか、普段なら行き来のある友人が、僕の部屋を訪れるようなこともなかった。
部屋の周りは、やけに静かだった。
でもそのことが逆に、僕の孤独感を煽ってもいった。
無性に、焦燥感を掻き立ててもいった。
僕は、やり場のない怒りや屈辱感といつまでも激しく格闘しながら、ただ漠然とその時を過ごし続けているのだった。
どれくらいの時間が経ったのだろう・・・。
気付けば、眠りに就いていた。
時計を見ると、二時間程経っていた。
ふと、テレビを点けてみた。
バラエティ番組をやっていた。
暫くの間、見続けた。
ちょっとだけ笑えた。
すると、そんな僕にも、ようやくここで心境の変化が生まれ始めていた。
そして、ひたすらこんなことを考えるようになっているのだった。
起きてしまったことは仕方ない。
現実を受け入れるしかないんだ。
僕は、サラリーマンなんだ。
サラリーマンである限り、これは避けて通れぬ道なんだ。
僕はそう思うことによって、この苦境を乗り越えていこうと考えていた。
自分にそう言い聞かせることによって、少しでも前向きになろうと考えていた。
無論、それは簡単なことではなかった。
簡単な訳がなかった。
でも僕は、無理やりにでもそう考えようと思った。
そう考えるしかないと思った。
そうでも考えなければ、僕はこの苦しい状況を乗り越えることなんて、絶対出来ないと思った。
でも、冷静に考えれば、僕のここ数か月の会社での振る舞いは、社会人として到底相応しいものではなかった。
それは、自分自身でもよく分かっていた。
上司もまたそんな姿の僕を、冷静に判断しての決断だとも思った。
だから、左遷は自業自得だった。
それは、なるべくして下された決定だった。
僕はそう考えることにした。
そう言い聞かせることにした。
そう言い聞かせることによって、この現実を少しでも受け入れようと思った。
本心は勿論、怒りや屈辱感をそう簡単に拭いきれる筈はなかった。
でも、そう自分を蔑むことによって、この現実を受け入れようと思った。
いや、そう自分を蔑むことによってしか、この現実を受け入れられないと思った。
そして、そう思うことが出来た時、ようやくここで優美の顔が浮かんできた。
そうだ、僕には優美がいる。
そう思うと、少しだけ元気も出てきた。
でも、優美とは毎日会えなくなる。
少し、悲しくなった。
でも、これは考えようによっては、不倫もばれる心配もなくなるし、それはそれで良かったのかな、
そう思うことにした。
そう、僕は元来のプラス思考を盾に、すべていい方向に考えることにした。
最後になって、ようやく杏子の顔が浮かんできた。
杏子になんて言おう、左遷なんて絶対に言えないし・・・。
僕は暫く考えて、とりあえず嘘をつくことにした。
それは、彼女に対する、僕の小さな見栄でもあった。
夜遅くになるのを待って、僕はいつもの時間に、いつも通り杏子に電話を掛けた。
「俺、明日からちょっとした異動になっちゃったよ。まぁ、仕事内容は今と殆ど変わらないんだけどね」
僕は取り立てて何事もなかったように、そう話した。
「ふ~ん、そうなんだ。でも、随分急な話だね」
彼女は幾分不思議そうにそう答えたが、大した反応はしてこなかった。
それから、いつものようにとりとめのない話をして、いつものように電話を切った。
少し後ろめたい気もしたが、心配かけるよりはマシかなと思った。
それから、僕は、何とかベッドに就いた。
でも、やっぱりなかなか寝付けないでいた。
目が覚めたら、すべてが夢であるように願ってもいた。
そんなこと、叶う筈もないのに。
翌日、出社した僕は、身の回りの整理を慌ただしく済ませると、お世話になった上司や先輩たちに軽く挨拶をして廻った。
でも、そこには、昨日とは打って変るように、毅然とした態度を取り続ける僕がいた。
やせ我慢をしてると思われようが、そんなことはどうでもよかった。
ただ僕は、いつまでも落ち込んでいるような弱い自分を、見せたくないだけだった。
それは、僕の精一杯の意地でもあった。
それからその挨拶を一通り終えると、僕は足早に異動先の生産システム1課に向かった。
すると、そんな僕を、優美がどこからともなく追いかけてきた。
「同じ技術部内なんだから、関係ないよ。頑張ってね」
彼女は、何事もなかったように、そう言ってきた。
僕は、無言で頷いた。
もう少し優しい言葉でも掛けてくれれば、正直そうも期待したが、彼女からそれ以上の言葉を貰うようなことはなかった。
「前から、異動のこと、知ってたんちゃう?」
本当は、そう訊きたかった。
でも、今さらそんなこと聞いても意味がないと思って、そこはやめといた。
「送別会には出ないって、言っといて」
そして最後にそう言うと、静かに彼女の元から離れていった。
僕にも意地はあったが、三浦課長や先輩たちと笑って酒が飲めるほどの大人には、まだまだなりきれてないということだ。
しかし、そんな傷心な僕を、拾う神はいた。
新しい配属先である生産システム1課は、想像を遥かに超えて、僕を暖かく迎えてくれたのだ。
「設計システム3課から来ました。皆さん、よろしくお願いします」
やや緊張した面持ちでそう挨拶した僕は、思いのほか大きな拍手で包まれた。
僕はこの時、設計システム3課に配属された新入社員時代のことを、何故か無性に思い出していた。
そう言えば、あの時も、随分と緊張しながら挨拶した憶えがあった。
でも、僅か2年半で、二度目の就任の挨拶をするとは、正直夢にも思わなかった。
僕は己の人生を、どうしても嘆かずにはいられなかった。
その生産システム1課は、柴田課長を筆頭に、庶務の安達さんまで含めると総勢25人。
課には三つの係があり、僕は後藤係長率いる1係に配属された。
その1係には、先輩方五人と後輩一人がおり、電子機器全般の緩衝部材の設計及び耐久試験が主たる仕事だった。
ただ、一つだけ厄介なことがあった。
それは、通勤時のスーツ着用だった。
僕はこれから毎日ネクタイを締めて、息苦しく会社に通うはめになってしまった。
その後、係内ミーティングを行い、僕は改めて係の皆に紹介された。
そのミーティングを終えると、後藤係長が僕を手元に呼んで、こう言った。
「君にはすごく期待しているからな」
係長の目はやけにギラギラと輝いていて、そこからはビシビシと熱意が伝わってきた。
「が、頑張ります・・・」
そんな係長に少し圧倒されながらも、僕は精一杯そう答えた。
「柴田課長が積極的に君を受け入れたんだよ」
係長は、そうも続けた。
「ありがとうございます。これから宜しくお願いします」
思いもよらぬ係長の言葉に少し驚いた僕だったが、しっかりとそう答えた。
でも、係長から頂いた言葉の数々は、随分と僕を勇気づけてもくれた。
出会ってそれほど時間は経っていなかったが、二人が人間的に実に立派な方々で、仕事の上でも尊敬できる人だということは、すぐに理解出来たからだ。
僕は幸せ者だと思った。
こんな僕に、そんな言葉まで掛けて頂いて。
だから、正直やる気も少し出てきた。
少しでも、二人の恩義に応えようとも思った。
考えてみれば、僕が落ち込んだ態度をとるのは、ここで働いている方たちに随分失礼な話でもあった。
僕も、さすがにそれくらいのことは分かっていた。
実際、先輩方も後輩も、皆真面目でいい人ばかりだった。
だから、僕に落ちこんでる暇などなかった。
僕は心を入れ替えて、仕事に取り組む覚悟を決めた。
でも、またしても神の悪戯だろうか。
折角芽生えた僕のやる気と反するように、不運は続いた。
間が悪いというか、なんと言うか、たまたま仕事の区切りが悪く、僕はしばらくの間、溜まった実験のデータ整理を任されることになった。
正直、がっかりした。
でも突然配属されてきた訳だし、仕方がないとも思った。
だからこの時、これくらいのことで、僕の士気が簡単に下がるようなことはなかった。
でもこの事態もまた、僕の運命に大きく関わってしまうことになるのだ。
仕事の面では、そんなふうに出鼻を挫かれた格好になった僕だが、優美との関係は順調に続いていた。
僕らは毎日会えないという厳しい状況に置かれながらも、以前と同じように数回のデートを重ねていた。
左遷前と何ら変わらぬ、幸せな日々は続いていった。
だから僕も、次第に左遷ショックから立ち直ろうとしていた。
だが二人を取り巻く環境は、思いもよらず悪化していくのだった。
僕の在籍する生産システム1課のビルと、設計システム3課のビルは、社内でも一番と言っていいくらい距離が離れていた。
その距離は、最寄り駅が一つ変わるほどだった。
だから異動になってからというもの、社内で彼女と会う機会は殆ど無くなった。
また左遷という憂き目に遭った僕が、以前いた設計システム3課にひょうひょうと顔を出せる筈もなかった。
そして携帯電話もないこの時代の僕らに残された最後の連絡手段は、内線電話だった。
しかしその最後の砦となる内線電話も、二人の絆を繋ぐ赤い糸とは無情にもなりえなかった。
僕らは当初は、異動になって間もないという名目で、何かと理由を付けては気軽に電話も出来ていた。
だが時間の経過の共に、お互い用も無く電話を掛け続けることには、やはり無理があった。
さらに、電話をしても、互いに不在の状況が起こり得るのは当然の事態でもあった。
彼女が出れないことで、電話さえも次第に掛けづらくなっていった。
それは、彼女にとっても同じだった。
必然的に、会う機会は減っていった。
そしてそんな彼女との関係も、微妙にずれ始めていくのだった。
「なんであの時間に電話に出えへんの?」
「そんなん、私にも都合があるやん」
だから僕らは折角会っても、貴重な時間の一部を、そんな下らない言い合いなんかに充ててしまっていた。
「俺、実験のデータ整理ばっかやらされてんのや」
そんな下らない愚痴ばかりも、こぼしてしまっていた。
自分でも気が付かないうちに、情けない姿ばかりを彼女に見せてしまっていた。
そう、彼女を唯一の捌け口にしてしまっていた。
それでも、彼女は、いつでも黙って聞いてくれていた。
特に、僕に意見を言うようなこともなかった。
現在振り返れば、彼女がそんな愚痴を聞きたくなかったことも、情けない姿の僕を見たくなかったことも容易に理解できる。
そう、彼女は左遷なんて、気にも留めていなかった。
逆境に立ち向かう、強い僕を見ていたかったんだと思う。
でも、その時の僕は、そんなふうに考えている余裕なんてこれっぽっちもなかった。
気付いてすらいなかった。
何故なら僕は、自分が置かれた哀れな状況に、いっぱいいっぱいだったからだ。
さらに僕は、会う度に、必ずと言っていいほど、彼女の躰を求めた。
何度も何度も、激しく激しく。
そう、僕は彼女の躰さえも、その捌け口にしてしまっていた。
一分一秒でも彼女と繋がることで、その傷口を塞いでいた。
常に、彼女に癒されていたかった。
困惑していく彼女に、やはり愚かな僕は気付くことなく。
そして彼女に狂い、彼女を求め続ける僕の我儘は、それからも止めることなくエスカレートしていくのだった。
だが、不運もあった。
僕らの仲を妬んでいたある輩が、僕に彼女がいることを、このタイミングで優美に告げてしまっていた。
僕は、別に隠していたわけではなかった。
僕に彼女がいるという話は、結構知られていた話でもあったので、優美は既に知っているものだと思っていた。
別段訊かれることもなかったので、その話もしたことがなかった。
僕に彼女がいることなんて、優美は興味もない、そうも思っていた。
でも優美にとって、それはそうでなかった。
事態はこうして、次から次へと悪循環を生み、どんどんと深刻になっていった。
すると優美は、僕に対して、次第に冷たい態度をとるようになっていった。
遂には、僕の誘いも断るようになった。
彼女は、最後にこう言った。
「私たち、しばらく距離を置いた方がいいと思う」
その言葉を聞いた瞬間、僕は再び深い奈落の底へと激しく突き落とされていった。
今度は、決して簡単に這い上がることが出来ないと思えるほどの、深い深い奈落の底へと。
それは僕にとって、ある意味「この世の終わり」と同じだった。
度重なる不運に、遂には神さえ恨んだ。
それが全て、自らが犯した過ちのせいにも拘わらず。
でも実は、許すべからず「罪」の行為に対し、遂には神から「罰」を受けたのだとも思った。
「分かった・・・」
僕は、力無くそう答えた。
とても受け入れられるような事実ではなかったが、受け入れることにした。
勿論、受け入れたくはなかった。
受け入れられる筈がなかった。
でも彼女との関係をここで終わりにしたくないと思った僕は、無理矢理にでもそれを受け入れるしかないと思った。
でも実は、ここ最近の彼女の態度から、僕はこの結末をある程度予感していた。
だから、受け入れられた。
何故ならそれくらい、僕に対する彼女の態度は、以前とはすっかり変わってしまったからだ。
僕は、彼女が僕に会いたいと思う、その日まで待つことにした。
時がきっと解決してくれる・・・そう思うことにした。
そう信じることにした。
そして、僕らは会わなくなった。
連絡を取り合うこともなくなった。
それは僕が異動になってから、僅か一ヵ月余りの出来事だった。
マスターの恋ばな第7弾、転落編いかがでしたか?
今回は終始暗い展開で、つまらないと思う方もいるかと・・・
次回は、僕の一番好きなシーンがある編でもあるので
乞うご期待下さい!
2015年12月3日木曜日
さぁ、12月・・・
2015年11月27日金曜日
ダーツ、グレードアップしました (*^^*)
ダーツ、遂にグレードアップしました!
本物と遜色ない迫力あるサウンドで
盛り上がること半端ないです!
しかも、ルシエはなんと
無料で遊べるんです (*^^*)
ダーツ好きな方も、未経験者も
みんなで一緒に、盛り上がりましょう!
僕に勝負を挑みたい方も
どしどしお待ちしてますよ (*´ω`*)
2015年11月18日水曜日
プライベートでお客さんと・・・
最近は、プライベートで
お客さんと過ごす時間も増えてきました
先日は、マリーンズ好きなお客さんと鴨川キャンプ
ついでに、鴨川シーワールドに行ってきました
サインは貰えなかったけど
大嶺祐太投手と会話出来たり
鴨シーでは、セイウチに思いのほか癒されたりと
とても楽しい時間を過ごしました (*´ω`*)
そうそう、厚意を頂いているお客さんが経営している
キックボクシングジム(※)にも行きました
ちょっぴりきつかったですけど (>_<)
来週からは、ゴルフ部、バスケ部設立に向けても
動き始めようかなというところです
只今メンバー大募集中です!
お店以外での触れ合いは、また違う一面が見れて
とても新鮮ですよね
一期一会
これからも様々なお客様との
素敵な出会いを大切にしていきたいですね (*´ω`)
※ 千葉市中央区道場にある
ヨガ&ダイエットキックボクシングスタジオ
ラフテルです
興味のある方は、ご一緒しましょう!
2015年11月10日火曜日
カップル誕生ラッシュ!
セッティングを頻繁に行っているルシエですが
最近、カップルも続々誕生中なんです!
ホント嬉しい限りです (*´ω`*)
セッティングも、もちろんですが
パーティーから仲良くなって
のパターンも多いようですね
当然、常連さんのカップル率が高いんで
クリスマスまであと1ヶ月ちょっと
体力と時間があるんであれば
皆さん、飲みに繰り出しましょう!
まずは、ご飯友達、飲み友達を作る気持ちで
お気軽にご来店ください
ルシエは真面目に、ゆっくり、カップル作りを
行っているお店です!
P.S
最近は20代の男性の来店が特に多いので
彼氏が欲しい20代の女性の皆さん
年下好きな30代の女性の皆さんが
いらっしゃいましたら
ぜひご来店お待ちしてます (*^^*)
2015年11月3日火曜日
ハロウィーン報告!
2015年10月29日木曜日
漫画・小説BAR ルシエ!
更なるアミューズメント化を画策しているルシエですが
次なる野望は、漫画・小説BARです!
忙しい毎日を送られている皆さんに
少しでも憩いの時間を与えられたら
との思いから、始めることにしました
と言っても、まだまだ数は全然少ないので
これから少しづづ増やしていきたいと思ってます
そうそう、家で邪魔になっている漫画、小説などありましたら
一時的にでもお預かりしますよ
ルシエで、気が向いた時にでも読んでください
もちろん、いつでもお返ししますよ (*^^*)
2015年10月22日木曜日
ハッピーハロウィーン!
すっかり涼しくなって、秋の気配
ハロウィンの季節がやって来ましたね
ルシエも、ハロウィン仕様に模様替え
そして、来たる10月31日のハロウィン当日には
仮装してくれた皆さんに(店内での着替えもOK)
ドリンク1杯サービスします
その日は童心に帰って
みんなでわいわい騒ぎましょう!
2015年10月15日木曜日
初めての方は、平日がお薦めです!
まだ、ルシエデビューをしてない皆さん
初来店は、平日の早い時間がお薦めです!
週末はバタバタしちゃって
お相手できないことが多々あります
ルシエの魅力を上手く伝えたいので
ぜひとも、平日にご来店頂くとありがたいです
まずは、マスターである僕と
仲良くなりましょう (*^^*)
たぶん・・・きっと・・・
後悔はさせませんよ!
↑ ↑ ↑ ↑
そして、昨日は平日の深夜にもかかわらず
僕の誕生日祝いに、たくさんの方に駆けつけて頂き
本当にありがとうございました!
とても幸せな誕生日でした (*´ω`*)
2015年10月7日水曜日
なんと、フード持ち込みOKのバーです!
ルシエは、バーではあまりない
フード持ち込みOKのお店なんです
どーです?
画期的でしょ!!!
まさにルシエって、感じですよね (*^^*)
松屋に、CoCo壱、ガストに、マック、コンビニ弁当などなど
毎日飛び交ってます!
でも、安心してください
フードメニューもちゃんとありますよ
出前メニューも充実しております
もちろん、お酒類の持ち込みは
NGですけどね!
↑ ↑ ↑ ↑
食べてます (*´ω`*)
2015年9月29日火曜日
バーベキュー報告!
心配していた天気にも恵まれ
ルシエ初の屋外イベントのBBQ
無事滞りなく終えました
ただ、段取りが少し悪くて
一部のお客様には、ご迷惑をお掛け致しました
それでも僕的には、子供たちとたくさん触れあえて
たくさん遊べて、めっちゃ癒されました (*´ω`*)
可愛すぎて、連れて帰りたくなっちゃったくらい
楽しかったという声も、多くの方に言って頂き
まぁルシエらしいと言えば、ルシエらしく
とりあえず成功と言うことで
機会があれば、またぜひ企画したいと思います!
参加して頂いた皆さま、本当にお疲れ様でした
そして、心よりありがとうございました
2015年9月24日木曜日
猫バーLUCIE②!
先日、猫の受け渡しが行われました!
どーですー?
めっちゃ可愛いですよね (*´ω`*)
もうメロメロです
本音は、僕も飼いたーい
でも、心配なかれ
三ヶ月後に、また募集を行う予定なので
飼いたいというご希望のある方は
お早目に来店時にお伝えください!
2015年9月15日火曜日
おかげさまで2周年!
今週の9月20日をもちまして
ルシエは、無事2周年を迎えることになりました!
これまで紆余曲折ございましたが(笑)
ここまで来れたのも
ひとえに、日頃からご愛顧頂いている
皆さまのおかげであると感謝しております
そのお礼と言ってはなんですが
何かしら振舞いたいと思っておりますので
ご来店の方、ぜひお待ちしております (*´ω`*)
今後も、3周年、5周年と迎えられるよう
日々努力して参りますので
これからも、何卒よろしくお願い申し上げます
ちなみに、シルバー期間中26日まで休まず営業します!
みんな遊びに来てねー
↑ ↑ ↑ ↑
パワースポットの長谷寺です!
2周年を前に、皆さまのご多幸と
お店の繁栄をお祈りして参りました (*^^*)
2015年9月10日木曜日
小説のタイトル発表!
拙い僕の連続小説、「マスターの恋ばな」を
いつも読んで下さっている皆さん
本当にありがとうございます
最近はお褒めの言葉なんかも、ちょいちょい頂いたりして
本当に感謝の言葉しかありません
そこで今回は、そのお返しといってはなんですが
小説の秘密を少し・・・
話は全10話構成で
残り、あと4話です
そして最もよく聞かれる質問なんですが、
実話なんですよねー、ほぼほぼこれが
少し、照れますが・・・
そして、小説のタイトルですが
パンパカパーン
て、そんな期待もされてないと思いますが
「忘れえぬ君へ・・・」です
このタイトルを感じながら
読み返したりなんかもして頂いて
お店に遊びに来た時に
感想なんか言ってくれたら
めっちゃ嬉しいです
そんなわけで、残り4話
ぜひとも、ご期待ください!
P.S
現在、第7話の執筆真っ最中です!
早く掲載出来るよう、頑張ります (>_<)
2015年8月31日月曜日
バーベキュー参加者募集!
来たる9月27日の日曜日、午後1時30分より
千葉市中央区の青葉の森公園で
兼ねてから要望のあったバーベキューを
遂に開催する運びとなりました!
参加費は、男性3000円、女性2500円
子供は、小学生以上500円、小学生以下は無料です
基本は現地集合ですが、飲酒したい方や交通の便の悪い方は
私、マスターが送迎を行いますので、お気軽にお問い合わせください
(中央区以外の方は、最寄り駅まで)
雨天時は、小雨の場合は決行
大雨の場合は、ルシエ店内でやっちゃいます!
詳細は、来店またはお電話でお問い合わせください
今回は、婚活と言うよりは
お客様同士の親睦を深めるという、意味合いでの開催です
みんなでわいわい楽しみましょう!
皆さまの参加、ふるってお待ちしてます (*^^*)
場所の詳細は、こちらです!
2015年8月20日木曜日
ルシエの名前の由来・・・
今回は、たまーに聞かれる
ルシエの店名の由来について
お答えしたいと思います
お店のコンセプトの、居心地のいい
まるで家飲みしているような雰囲気のバー
そこから、ちょっと格好つけてフランス語で
英語の「THE」でいう、フランス語のLe(ル)と
フランス語で「・・・の家」の Chez(シェ)
これを組み合わせた、あくまでも造語で
家飲みバー的な意味を込めて
ルシエと名付けました (*´ω`*)
実は、裏意味もあって
僕の家族の名前が1文字づづ入ってるんですよね
ルシエの「ル」の字は、ルリ子の「ル」みたいな・・・
ということで、そんな由来を持つ
ルシエという名前を
頭の片隅にでも、覚えてくださったら幸いです (*^^*)
エレベーターが開くと
ルシエサンタが
お出迎えしますよ (*´з`)
そして、今週の土曜日8月22日は
大、大、大好評につき
第二回流しそーめんパーティーを行います!
まだまだ夏気分を満喫しませんか?
今回は、前回よりもさらに
女性の皆さんが参加予定です (*^^*)
男性陣の参加、まだまだ募集しております!
飛び込み参加も、大歓迎ですよ!!!
2015年8月11日火曜日
大成功の流しそーめん!
2015年8月6日木曜日
マスターの恋ばな⑥ ー杏子の逆襲編ー
若き日の僕の恋ばな、第6弾です。
お時間のある方は、読んでみてください。
僕がそんなふうに優美にうつつを抜かしている間に、杏子のフラストレーションはいつしか限界に達していた。
実は、僕は、杏子と顔を合わせづらいということもあって、一か月前の盆休みに杏子の元には帰らなかった。
それなりの理由をつけて、実家に帰省していた。
でも、それは、遠距離恋愛を始めておおよそ二年半、実に初めてのことだった、
そして、あの出来事は起こってしまった。
その日は、九月中旬のとある日曜日で、僕は坂口君と森君の三人でテニスをすることになっていた。
後輩の森君は、僕らの住む寮から少し離れた別の寮に住んでおり、そこにはなんと、テニスコートまで完備されていた。
男三人でテニスというのも、少し味気ないと思った僕は、前々日に駄目元で優美を誘ってみた。
すると、思いもよらず、彼女は喜んで参加すると言ってくれた。
実はその日、彼女は、夫の西岡さんやその友人たちとバーベキューをする予定になっていた。
でも、それを断り、なんと僕と過ごすことを選んでくれたのだ。
「ホンマに大丈夫なの?」
彼女の少し大胆すぎる行動に、誘ったとは言え、さすがに心配になった。
「大丈夫だよ。だって私、バーベキューとかあんま好きやないし」
彼女は平然とした顔でそう答えた。かと思うと、愛くるしい顔で、
「その代わり、ちゃんと迎え来てな」
「あぁ・・・それは、ええけど・・・」
僕は、幾分複雑な表情でそう答えた。
でも内心は、想像以上の僕への想いに、正直嬉しさを隠せないでもいた。
優美が参加してくれることを話すと、二人も大喜びしてくれた。
そして迎えた当日、再び坂口君に車を借りた僕は、ひとり優美の自宅に車を走らせた。
その日は九月中旬にも拘わらず、過ぎ去ろうとしている夏を思い出させるほど、朝から酷く暑い一日だった。
テニスは午後一時からの予定だったが、僕は早起きをして、午前中早くに優美の自宅に向かっていた。
早く行ったのには実は理由があって、この日なんと、優美が僕の為に手料理を振舞ってくれることになっていたのだ。
そう、優美は、あの何気なく交わした、僕との約束を覚えてくれていた。
実現することはないと半分諦めていた僕にとって、また一つ夢が叶うことになった。
午前九時ちょうどに、優美の自宅マンション前に僕は到着した。
その時間には、夫の西岡さんはすでにバーベキューに出掛けているとのことだった。
初キス以来の彼女の自宅に、僕の胸の鼓動は自然と高鳴っていた。
だからそんな僕に、もう罪の意識なんて、これっぽっちもある筈もなかったのだった。
「いらっしゃい」
ドアを開けると、可愛いらしいエプロンを身に纏った優美が笑顔で僕を出迎えた。
「すぐに用意するから、テレビでも見て待ってて」
彼女はそう言うと、僕をリビングへと案内した。
僕は言われるがままに、リビングのソファーに腰を下ろし、テレビを点けた。
あまり興味の向かない、情報番組ばかりやっていた。
彼女はというと、気分良さそうに料理の準備をしていた。
鼻歌なんかも少し聞こえてきた。
僕は、そんな彼女が気になって、一向にテレビに集中出来ないでいた。
エプロン姿の彼女はそれくらい、僕には輝いて映った。
「いいよなぁ・・・」
だからそんな独り言を思わず口にする僕は、まだ見ぬ彼女との夢の結婚生活を、再び妄想するのだった。
「お待たせ。こっち来て」
準備が整ったのか、彼女が僕を呼んだ。
ダイニングキッチンに向かうと、テーブルの上には、出来立てを思わせる湯気を思い切り漂わせた美味しそうな料理がすでに用意されていた。
鶏肉をアレンジした、彼女のオリジナルの料理だった。
「美味そうやん」
僕は思わずそう声を上げた。
「あり合せで作ったから、大したもん出来てへんよ」
彼女は申し訳なさそうに、そう言った。
でも、その料理は、そう思えないくらい綺麗に盛り付けられていて、そこから漂う心地よい香りは、瞬く間に僕の食欲を加速させてもいった。
僕らは向かい合って座り、その料理を一緒に食べた。
「うん、美味い。ホンマに美味いよ」
お世辞抜きに、美味しかった。
「ホンマに!良かった」
彼女はホッとした表情を浮かべていた。
僕はそんな彼女の笑顔を見つめながら、
「こんな手料理が毎日食べれたら・・・」
そんなことばかり、いつまでも考えているのだった。
すっかり満腹になった僕らは、時間にも少し余裕があったので、暫くの間リビングで寛ぐことにした。
「おいで」
先にソファーに腰を下ろした僕は、そう言って彼女を手招きした。
小さく頷いた彼女は、ゆっくりと僕の胸に躰を預けた。
そんな彼女の髪を、僕は何度も何度も、指で優しく搔き撫でた。そして、
「俺、優美のロングヘア大好きなんよね」
気が付くと、そんな言葉を口にしていた。
「じゃあ、ずっとロングにしとくね」
彼女ははにかみながら、そう答えた。
かと思うと、安心するかのように、僕の胸の中で静かに目を閉じていった。
彼女に合わせるかのように、気付けば僕も目を閉じていた。
満腹感による睡魔にも誘われて、安らかに、穏やかに、いつしか僕らは眠りに就いているのだった。
目が覚めると、十一時半だった。
僕の胸の中では、まだ彼女が眠っていた。
あどけない、可愛い寝顔で。
でも、そろそろ出発しなければいけない時間だった。
「時間だよ、優美」
僕は、優しく彼女を起こした。
「うーん、眠い・・・」
早起きしたせいか、彼女はまだ眠っていたそうだった。
正直、テニスなんてどうでもよくなっていた。
いつまでも、彼女とこうしていたいと思った。
でも、そういう訳にもいかないので、二人の待つ寮へ、僕らは慌ただしく向かった。
向かう車内でも、いつしか優美は眠りに就いていた。
西岡さんを早くに送り出して、僕の為に手料理まで作ってくれて、
疲れたんだろう、彼女は安らかな寝顔を浮かべていた。
僕は、カーステレオのボリュームをそっと落とした。
そして、赤信号で車が止まる度に、そんな彼女の寝顔を、微笑ましく見つめているのだった。
ほどなく寮に着いた僕らは、坂口君と森君の二人と合流すると、それから二時間ほどテニスを楽しんだ。
テニスが得意な坂口君以外は、決して自慢できるようなレベルではなかったが、優美がいてくれたおかげで、随分と盛り上がった。
僕も、いつも以上にハッスルした。
とにかく酷く暑い日だったが、気持ちいい汗もたくさん掻いて、皆充実感溢れる顔をしていた。
優美も、随分と楽しんでくれているようだった。
テニスを終えた僕らは、それから軽くお茶を楽しんだ後に解散、
優美を送るため、僕は再び彼女の自宅へ車を走らせた。
本当は、それからも少しでも彼女と一緒にいたかった。
でも、西岡さんが午後六時には戻ってくるということで、やむなく五時過ぎには彼女と別れた。
僕は一抹の淋しさを感じながらも、真っ直ぐ寮に向かって車を走らせた。
それでも、優美の手料理は食べれたし、皆とテニスも楽しめたし、車内には随分と満足顔の僕がいた。
そう、今日は僕にとって、最高に充実した一日で終わる筈だった。
ここまでは・・・。
だが、僕が寮に戻ると、事態は一変した。
信じ難い出来事が、我遅しと僕を待ち構えていたのだ。
僕は、玄関で、管理人さんに激しく呼び止められた。
そして心配顔の管理人さんは、ありえない事実を、まだ浮かれ気分を残す僕に告げてきたのだ。
「今日二時頃、彼女さんとかいう人が尋ねてきたよ。三十分ほど待ってたんやけど、連絡がつかないからって、結局帰って行ったけど・・・」
「えっ・・・」
僕は言葉を失っていた。
同時に、体中の血の気が一遍に引いていくのを感じていた。
それでも、混乱する頭の中を急いで整理した僕は、
「それで、今どこにいるか言ってました?」
激しい口調で、管理人さんにそう尋ねた。
「申し訳ない、それは訊いてないね」
「そうですか・・・」
「ただ、ちょっと具合が悪そうな感じやったよ。ほら、今日すごく暑かったやろ」
僕はさらに愕然としていた。
ほぼパニックに近い状態だった。そして、なんとか
「すみません、ご迷惑お掛けしました」
力無くそう言うと、肩を落としながら自分の部屋に戻っていった。
そう、僕は天国から地獄へと、一瞬のうちに突き落とされているのだった。
部屋に戻った僕は、依然パニックのままだった。
あまりのことの重大さに、身震いさえ憶えた。
それでも、必死に気持ちを整理した僕は、
「そう言えば、杏子、昨日電話に出なかった・・・
最近、少しおかしかった・・・
やばい、どうしよう・・・
でも、ここはもう、杏子からの電話を待つしかない・・・
そうする以外にない・・・」
その答えに、辿り着いているのだった。
そして、そんな備え付きの僕の電話に、留守電の機能は付いてなかった。
留守電機能付きの電話にしとおけばよかったのだが、僕はそうしなかった。
いや、敢えてそうしていなかった。
何故なら、友人の部屋にいたなどと何かと理由をつけて、外出してても誤魔化せるようにしていたかったからだ。
僕は、酷くズルい男だった。
だから僕は、杏子からの電話を待つしかなかった。
そうする以外になかったのだ。
僕は、杏子からの電話をひたすら待った。
とにかく、待ち続けた。
待っている間は、僕にはとてつもなく長く感じた。
でも、僕は待つしかなかった。
そうして待つこと二十分、遂に電話の呼び出し音が鳴った。
「もっ、もしもし、杏子、もしもし・・・」
僕は焦る気持ちを抑えることが出来ず、受話器を取るなり、誰とも知れない相手に向かって、激しい口調でそう言った。
「うん・・・」
少し時間を置いてから、今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。
でもその声は、間違いなく杏子の声だった。
「お前、今どこにいるん?何で黙って来たん?どうしたん?」
彼女の返事を待つこともなく、僕は矢継ぎ早にそう質問を浴びせていた。
「ごめんなさい・・・」
でも彼女は、時間をかけながらも、そう絞り出すのがやっとだった。
「分かった、もういいから。で、今どこにいるん?」
そう訊き返すも、彼女は暫く黙ったままだった。
「梅田駅の空港バス乗り場・・・」
少し時間を置いてから、ようやくそう答えた。
「あぁ・・・あそこか、分かった、今から行くからな、そこで待っとけな、すぐ行くからな。あ、そや、管理人さんが具合悪そうとか言ってたけど、大丈夫か?」
「うん・・・」
再び消え入りそうな声で、彼女は何とかそう言った。
「そっか・・・良かった。じゃあ、今から行くからな、待っとけな」
僕は最後にそう言うと、激しく受話器を置いた。
「ふー」
僕は大きく息を吐いた。
連絡がついたことに、とりあえずホッとしていた。
でも気付けば、自分のことはすっかり棚に上げて、
「あいつ、何考えとんのや」
そんなセリフばかり、いつの間にか口にしているのだった。
それから僕はすぐに服を着替えると、管理人さんに連絡が取れたことだけ伝えてから、急ぐように寮を飛び出していった。
電車に揺られる僕の頭の中を、様々な思いがよぎっていた。
「きっと、僕のことを怪しんだから来たんだろう・・・」
僕は杏子が黙って来た理由が、当然分かっていた。
そう、最近の僕の態度は酷かった。
とにかく酷過ぎた。
そこからは、少しの愛情も感じられなかっただろう。
でも、それ以上に、僕は杏子の体調のことも気になって仕方なかった。
前にも少し話したと思うが、彼女は決して身体が丈夫な方ではなかったからだ。
彼女はどちらかというと神経質過ぎるところがあって、精神的に脆く、それが原因でストレスが溜まったりすると、すぐに身体に現れて調子を崩すタイプだった。
酷くなると、通院もしくは最悪入院が必要な場合もあった。
無知な僕でも、簡単な病気でないということはある程度は推測できた。
今日は暑かったし、尚更だ。
僕の心配が尽きることは、少しもなかった。
ただそんな状況にも拘わらず、僕の脳裏には、時折優美のことも浮かんでいた。
僕はもうどうしたらいいのか、本当に分からなくなっているのだった。
そうこう考えているうちに、梅田駅にはあっという間に到着した。
足早にホームを駆け下りた僕は、彼女の待つバス乗り場へ全力で走って向かった。
すると、向かったその先には、ぐったりと下を向いてベンチにもたれ掛かる、杏子の姿があった。
「杏子!」
僕は周りの目も気にせず、そう大声を上げた。
そして、駆け寄って隣に座ると、彼女を優しく抱きかかえ、激しい口調でこう訊いた。
「大丈夫か!」
彼女は、答えなかった。
何とか、小さく頷いた。
僕は彼女の顔をそっと持ち上げると、ゆっくりと僕の方へ向けた。
見ると、酷く泣いた後だったのが分かった。
さらにその顔はすっかりやつれ、憔悴しきってもいた。
動揺を隠せない僕は、しばし言葉を発せないほどだった。
彼女は、それからも僕に身体を預けたまま、ぐったりとして動かなかった。
掛ける言葉を見つけられない僕は、彼女が落ち着くまでとりあえず待つことにした。
ただ、こんな彼女の姿を見るうち、いつしか僕は今日一日の行動を、酷く後悔するまでになっているのだった。
「もう大丈夫だから・・・。勝手に来てごめんなさい・・・」
ようやく、彼女がその重い口を開いた。
ただその声は、酷く弱々しいものだった。
「もういいから・・・。俺の方こそごめんな、ずっと連絡つかなくて・・・」
僕は、すぐにそう言って謝った。
さらに、言い訳をしようともした。
でも、やめといた。
この状況で、何を言っても意味がない、
そう思ったからだった。
でも本当は、言い訳なんて思いついていなかった。
というより、言い訳なんて鼻っからある筈も無かったのだった。
「お前、明日仕事やろ。どうすんの?」
だから僕は、すぐに現実的な話をした。
明日は月曜で、彼女も僕も当然仕事だった。
「大丈夫。今日帰る」
すると、彼女はそれまでの弱々しい口調とは一転、少し気丈にそう答えた。
そこからは、
「裏切った僕とは一緒にはいたくない」
そう訴えてるように、僕には聞こえて仕方なかった。
少し、驚いた。
でも一方で、何故かホッとしていた。
何故なら、僕自身こんな状況で、これからどう杏子と接したらいいのか、全く分からなかったからだ。
「何時の便?」
僕は、再び現実的な話を杏子にした。
「最終だから、確か九時半だったと思う」
時刻は、既に午後八時二十分を回っていた。
すぐにでも、空港に向かわなければならない時間だった。
「空港までは送るから」
ここぞとばかりに、僕は優しい言葉を彼女に口にした。
それがこの状況下で出来得る、唯一の誠意だったからだ。
いや、それくらいのことしか、僕にはもう出来なかった。
僕らは次のバスに乗って、急ぐように空港に向かった。
向かうバスの中でも、彼女は僕に身体を預けたままだった。
そんな彼女を、僕は愛おしく思わざるを得なかった。
だがそんな彼女にも、僕は変わらず掛ける言葉を全くと言っていいほど見つけられないでいた。
それよりも、
「僕は本当に最低な男だ」
そんな自己嫌悪になるような思いばかりが、ただただ深く心に募っていくのだった。
やがて、空港に到着した。
慌ただしく、杏子がチェックインの準備に向かった。
チェックインを終えて戻ってきた彼女に、
「正月休みにはちゃんと帰るから。もう連絡しないで、来ちゃ駄目だよ」
僕は優しくそう言った。
「ごめんなさい・・・」
何とかそう口にした彼女の目からは、突然大粒の涙がこぼれ始めた。
焦った僕は、すぐに涙を指でふき取り、再び崩れ落ちそうになる彼女を慌てて抱きかかえた。
だが、続けて掛ける言葉を、僕は変わらず見つけることが出来ないでいた。
それよりもこの状況があまりにも耐え難く、一刻でも早くこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「家に着いたら、ちゃんと連絡するんだよ」
搭乗時間が迫り、僕はそう言って、何とか杏子を搭乗ゲートに促した。
するとその時、杏子が僕に何か言いたそうな顔をした。
でもすぐに僕は、ばれないように視線を逸らした。
わざと気付かないふりをした。
彼女の言わんとすることが、何となく分かったからだった。
そしてその言葉が、この状況をさらに難しくすると思ったからでもあった。
だから僕は、彼女の姿が見えなくなるまで、精一杯の作り笑顔で彼女を見送った。
彼女は応えるように、何とか手を振り返してきた。
しかし、力無いその手を、僕は見るに耐え難かった。
彼女の姿が見えなくなると、僕の顔から一瞬で笑顔が消えた。
そして、すぐさま搭乗口に背を向けたかと思うと、一目散にバス乗り場に向かって歩き出した。
まるで、何かから急いで逃れるかのように。
バスに乗車した僕は、ぐったりとシートにもたれ掛かった。
もう、すっかり疲れ切ってしまっていた。
そして、更なる自己嫌悪から逃れるように、考えるのを止めていた。
僕はバスの揺れに身体を預けながら、窓から見える色鮮やかなイルミネーションに、その全神経を集中させているのだった。
それからの僕は、今まで以上に言葉を選びながら、杏子と接し続けた。
彼女の体調はすぐに全快というふうにはいかなかったが、彼女の体調を最優先に、僕は彼女を励まし続けた。
そんな彼女は、僕を責めるようなことは決してしなかった。
そして、あの日、僕がどこで何をしていたのか、触れることも一切なかった。
でも、そのことが逆に、僕を追い込んでもいった。
罪の意識に苛まされてもいった。
だから、僕は、すべてのことから逃げるように、その時が元通りに流れるのをひたすら静かに待ち続けるのだった。
恋ばな第6弾、杏子の逆襲編、いかがでしたか?
物語は、次回さらに佳境へと進んでいきます。
少しだけ、ご期待下さい!
2015年7月27日月曜日
浴衣パーティー、流しそーめんもやっちゃうよ!
2015年7月16日木曜日
三連休の営業日について
三連休で、月曜が祝日の場合は
通常は定休日の日曜日を営業して
月曜日をお休みにしております
が、今回の7月20日の月曜日
お客様のご要望により
特別に、営業することになりました!
三連休の最終日、お時間のある方は
ぜひ遊びに来てくださいね (*^^*)
19日の日曜日も、もちろん営業しておりますので
皆さまのご来店、お待ちしております!
2015年7月9日木曜日
お一人様でのご来店、大歓迎です!
ルシエは、お一人でも
気軽に来店できるバーなんです
バーと言っても、様々な種類のバーがありますが
ルシエは、とにかく敷居の低い(※ あくまでいい意味ですよ! )
ゆる~いバーなんです
バーと言うと、一見入りづらいイメージをお持ちの方も多いと思いますが
ルシエなら、そんな心配はございません
ゆかいな常連さんたちや、私マスターと
5分もすれば、意気投合してますよ (*^^*)
実際、お一人でご来店して頂いているお客さんも
たくさんいらっしゃいます
バーデビューを考えている皆さん
ここは、ルシエで一度試してみてはいかがですか?
P.S
お酒の苦手な方も
スポーツに興味のない方も
婚活なんかしなくったって
なんら心配ございません (*´ω`*)
ゆかいな仲間たちと
楽しい時間を過ごしましょう!
2015年7月2日木曜日
ルシエもなでしこ旋風!
なでしこが、見事決勝進出を決めましたね!
苦しみながらも、最後には勝つ
ほんと勝負強いですよね
特に岩渕選手、いいですよね (*´ω`*)
決勝でも、キレキレのドリブルで
日本をW杯連覇へ、導いて欲しいですね!
そして、ルシエでも今
なでしこ旋風が吹き荒れてます!
そう、ここに来て
女雀士が急増中なんです
ルシエは今、空前の麻雀ブーム
彼女たちと一戦交えたい、男性の皆さん
心よりお待ちしております!
ただ、なかなかの強者揃いですよ (>_<)
2015年6月26日金曜日
ルシエとゆかいな仲間たち
昨日は、UNO大会にカラオケ大会
盛り上がったなぁ (*´ω`*)
ルシエは初めての人も
一人で来ても
みんな仲良く、楽しめちゃいます!
そう、ゆかいな仲間たちがたくさんいるんです (*^^*)
最近は、女性のお客さん
ばっかなんて時も!
来店を迷ってる皆さん
お友達がたくさん欲しい皆さん
お早目にどーぞー
2015年6月16日火曜日
母ちゃん、千葉に来る!
私事ですが
母ちゃんが、田舎から遊びに来ました!
しばらくのあいだ滞在します
実は恒例行事となっていて
二年毎にやって来ます
僕が田舎に帰らないからなんですよね (>_<)
だからこの間は、出来る限り孝行します!
お店の方にも、ひょっとしたら現れるかもしれないので
その時は、皆さん優しくしてくださいね (*^^*)
「孝行したい時には親はなし」
普段忙しくて、なかなか出来てない皆さん
僕が言うのもなんですが
たまには、親孝行でもどうでしょうか?
P.S
どうですか?
そっくりでしょう (*´ω`*)
2015年6月5日金曜日
婚活パーティー!
来たる、6月20日の土曜日
ルシエでは初かな
大人数での婚活パーティーを開催します
それに伴いまして
27歳から35歳までの参加男性を
今回新たに大募集します
参加には、簡単な事前登録が必要になります
まだ登録をされてない独身男性の皆さん
この機会に、ぜひお得な登録をお勧めします
出会いの確率が格段に広がりますよ!
ご来店お待ちしております (^^ゞ
さらに今回のフードは、ローストビーフ&アヒージョです
開始は20時30分から
男性の会費は4000円程度を予定しております
ルシエで、素敵なパーティーを満喫しましょう!
皆さまのお問い合わせ、お待ちしております (*^^*)
P.S
そこらの婚活パーティーに比べれば
絶対お得ですよ!
2015年6月1日月曜日
ジャニーズ好き集まれ!
来たる6月17日の水曜日
ルシエでは18時半より
ジャニーズナイトを開催します!
主な内容は
ジャニーズ関連のビデオ観賞会
ジャニーズ縛りのカラオケ大会です
ジャニオタの男性も大歓迎ですよ (^^ゞ
みんなで交流を深めましょう!
ちなみに最近の僕の推しジャニは
やっぱ、キスマイ、HeySay、Sexyzoneかな (*^^*)
そうそう、水樹奈々、田村ゆかり、藍井エイル、LiSA ・・・
アニソンナイトも
そろそろ企画しないと!
2015年5月26日火曜日
女性の皆さん、モテますよ!
暖かくなって、すっかり恋の季節
ルシエでは今、セッティングや店コンを
頻繁に行っています!
登録男性も100人を超え
飲み友達や彼氏が欲しい女性の皆さん
まさに今がチャンスです!
好条件の男性もたくさんいますし
ルシエに来れば、マジでモテますよ (*^^*)
ともあれ、気楽なゆる~いバーでもありますので
まずはお気軽にご来店下さい (*´ω`*)
2015年5月19日火曜日
マスターの恋ばな⑤ ーひとつになった夜編ー
僕の若き日の恋ばな第5弾です。
暖かくなる季節に向けて
時間のある方は、読んでみてください。
しかしながら、それからの僕らが、やはりすぐにデートをするという訳にはいかなかった。
勿論、優美には主婦というもう一つの顔がある訳で、僕の為に時間を割くということは、そう容易いことではなかったからだ。
でも、この時の僕には、そのことを理解できるだけの余裕があった。
そう、僕はもう、以前の僕ではなかったのだ。
それでもお互い、どうしても二人だけの時間が欲しかったので、就業後に彼女を自宅まで送るというかたちで、僕らはその僅かな時間を作った。
会社から少し離れた人通りのない場所で、よく僕らは待ち合わせをした。
ある日、いつものように裏路地を歩いていると、何やら近くで人の賑わう声が聞こえてきた。
「あ、お祭りやってる。ちょっと見てこうよ」
それにいち早く気付いた優美は、僕を置き去りにするかのように、その声のする方に走って行った。
あっけにとられる僕だったが、仕方なく彼女の後を追いかけた。
「いらっしゃい、いらっしゃい」
そこでは、地域主催の小規模な夏祭りが行われていた。
金魚すくい、射的、ヨーヨー、十数店舗の露店が、所狭しと通りを賑わしていた。
こじんまりとしたお祭りの割には、子供連れの家族や浴衣姿の若者のカップルもそれなりにいて、結構な賑わいを見せていた。
だが、会社からそう離れていない場所ということもあり、僕はやむなく彼女を止めに奔った。
「やばいよ、優美。ここだと、誰かに見られちゃうよ」
しかし、彼女は平然とした顔で、
「大丈夫よ。それより、なんかして遊ぼ」
彼女は露店に夢中で、それどころではないといった様子だった。
そのあどけない姿といったら、まるで天真爛漫な少女のようで、オロオロと周りばかり気にする僕とは、あまりに対照的だった。
「ホンマ、肝が据わってるなぁ・・・」
そんな彼女の姿を見るうち、深く考えるのが少し馬鹿らしくなった僕も、諦めるように彼女の後を追いかけた。
「ねぇ、これやろうよ」
彼女は、まず金魚すくいの前に留まった。
「俺はいいから、優美だけやりない」
実は、金魚すくいにはあまり自信がなかった。
「えー。じゃあ、私だけやるよ。はい、お兄さん、お金」
彼女は少しムキになったようにそう言うと、夢中で金魚すくいを始めた。
「わー」、「キャッ」
彼女は、声を上げてはしゃぎまくった。
僕はそんな彼女を、隣で優しく見守った。
「難しいー」
結局、金魚はすくえずじまいだったが、彼女は随分と満足気な顔をしていた。
次に彼女は、おもちゃなんかが沢山売ってある雑貨屋の前で留まった。
その店頭には、あまり高価そうでないアクセサリーなんかも数多く並べられてあった。
「可愛い・・・」
その中から、彼女がある指輪を手に取った。
それはなんの変哲もない、シルバーのおもちゃの指輪だった。
僕の方へ振り返った彼女は、
「これ買って」
目を輝かせながら、そう言った。
「そんなん欲しいの?」
不思議顔でそう訊く僕に、
「うん、これがいい」
彼女は大きく頷いた。
「じゃあおじさん、これちょーだい」
その指輪は、僅か五百円だった。
「ありがとう」
彼女はそう言うと、指輪をまず自分の顔の前掲げた。
「ほら、可愛いでしょ」
次にそう言うと、指輪を右手の薬指に填めた。
彼女は、めちゃくちゃ嬉しそうだった。
でも僕は、すぐに別のことを考えてしまっていた。そして、
「ごめんね、こんなものしか買ってあげられなくて」
気付けば、そう口にしていた。
もし僕らが普通の恋人同士だったら、そんな安物の指輪をプレゼントすることは、決してなかったからだ。
でも、普通の恋人同士でない僕らには、それが精いっぱいだった。
そう、僕らは限られた制約の中にいた。
そして、その制約の中で、この関係を続けていくしかなかったのだ。
それでも、そのシルバーのおもちゃの指輪は、安物にも拘わらず、幾重ものライトを浴びて、思いのほか輝きを放っているのだった。
その帰り道、彼女は何度も指輪を見ながら、
「初めて買ってもらったものだから、大切にするね」
嬉しそうに、そう言ってきた。
僕には充分すぎる言葉だった。
素直に嬉しかった。
でも、照れ隠しに、
「する時、ないやん」
つい、そんな意地悪な言葉を返してしまっていた。
彼女が、すぐに言葉を返すようなことはなかた。
暫く黙り込んでしまった。
そういう僕も、つい言ってしまったその不用意な一言を、ひどく後悔していた。
だが、暫くすると、彼女はふくれっ面な顔をしながら、
「あるもん」
そう言うと、その指輪を誇らしげに僕の前に掲げた。
その姿は、実に愛おしかった。
たまらなく、切なくも映った。
だが一方で、僕はまた別のことを考えてしまっていた。
そう、彼女の左手の薬指には、当然のように結婚指輪が填められていたからだ。
勿論、今までも気になってはいたが、気にしないようにしてた。
敢えて、僕は気にしないようにしてた。
でもこの時ばかりは、無理だった。
さすがの僕でも、無理だった。
僕は夢の中から、僕らの置かれた現実に、悲しくも引き戻された。
そしてその思いは、その日僕の頭の中から、一瞬たりとも消えることはなかった。
でも彼女は、そんな僕の気も知らないで、ことある毎に右手を掲げて、嬉しそうにその指輪を見つめているのだった。
その一週間後、遂に僕らは念願の初デートを迎えた。
その日、優美は、高校時代の友人と飲み会があると嘘をついて、その時間を作ってくれた。
僕のために、そうまでしてくれていた。
一方の僕はというと、そんな彼女の期待に応えるべく、友人の坂口君から車を借りる手はずをしていた。
同期で同じ寮生の坂口君は、高専卒のため、僕より二つ年下にあたった。
彼はどちらかというと真面目で、もの静かなタイプだった。
ただ、テニスだけは凄く上手くて、その腕前は一級品だった。
そんな彼を、僕は弟のように可愛がり、彼も僕を慕ってくれていた。
彼は僕のことをとても信用してくれてもいたので、理由など一切聞かず、喜んで車も貸してくれた。
彼は非常に口も堅く、いろんな意味で、僕にとっては好都合の友人だった。
迎えたその日、僕はいつもより少しだけお洒落をした。
普段の僕は、Tシャツにジーパンというラフな格好で、この時期、よく会社に通っていた。
その姿は、先輩たちから、大学生以下の予備校生とまで言われていた。
でもその日は、ブランドものシャツに、細身のパンツで決めてみた。
普段はあまりしない、香水も少しつけてみた。
鏡で見るその姿は、我ながら満足のいく出来映えだった。
そして、いつもより二時間ほど早く寮を出た。
平日に車で出勤するには、それくらいの時間の余裕が必要だった。
最悪遅れてもいいようにと、外泊届けまで出しておいた。
準備は、すべて万端だった。
そんな僕のテンションは朝から上がりっぱなしで、いつもなら憂鬱なはずの渋滞が全く気にならないほどだった。
さらにその車内には、人目など一切気にせず、当時流行っていたB'zの名曲を、気分よく熱唱する僕の姿があった。
そして、その日、僕が朝から仕事どころではなかったのは言うまでもない。
定時きっかりに仕事を終えた僕は、優美に軽く目で合図をすると、足早に会社を後にした。
外は、その明るさをまだ十分に残し、見上げる空は、鮮やかな薄青色に染まっていた。
そよぐ風は心地よく体に纏わりつき、刻む僕の足取りは極めて軽やかだった。
ついに実現した初デートに、僕は胸躍らずにはいられなかった。
駐車場に着いた僕は、彼女を迎えに颯爽と車を走らせた。
向かった待ち合わせ場所には、既に彼女が待ってくれていた。
黒のワンピース姿で佇む彼女は、先程の制服姿とは一転、妖艶な大人の色気をムンムンと漂わせていた。
そんな彼女に、僕は一瞬で目を奪われてしまっていた。
高ぶる気持ちを抑えるように僕は車を降りると、彼女を優しく車内へとエスコートした。
「どう?可愛いでしょ」
シートに座るなり、彼女は愛らしくそう訊いてきた。
「うん・・・」
「ミニが好きだって言ってたから、そうしたよ」
「うん・・・」
いかなる彼女の問いかけにも、僕は照れて「うん」しか言わなかった。
そしてそれからも、一向に彼女の方を見ることが出来ないでいた。
唯一見ることが出来た、ミニスカート越しに覗く、細くて結晶のような白い素足にも、僕はただドキドキするだけだった。
もう僕の頭の中は、これから起こり得る彼女との今夜の妄想で、爆発寸前だった。
僕らはまず、映画館に向かった。
本当なら、高級レストランなんかで何か旨いものでも、といきたがったが、時間的にそれは無理だった。
僕らに時間の猶予など、少しも無かったのだ。
映画館に着いた僕らは、隣接するバーガーショップで、その空腹を満たした。
悪びれる僕に、
「全然ありだよ」
彼女は、笑顔でそう言った。
選んだ映画は、ディズニーアニメの「美女と野獣」だった。
当時話題になっていた、彼女がずっと見たがってた映画だった。
彼女と過ごせれば良かった僕にとって、正直映画は何でもよかった。
映画が始まると同時に、僕らは手を繋ぎ合った。
夢にまで見た理想のデートに、僕のテンションは上がる一方だった。
そんな彼女の左手の薬指からは、いつしか結婚指輪が外されていて、反対の右手の薬指には、先日僕が買ったシルバーのおもちゃの指輪がしっかりと填められていた。
彼女の想いを十分に汲んだ僕は、繋いだ手にさらに力を込めるのだった。
「じゃあ、行くね」
「うん」
そして、映画館を後にした僕らは、暗黙の了解のもと、次の目的地へと向かった。
車に乗り込んだ僕らは、すぐに再び手を繋ぎ合った。
カーステからは、お気に入りの洋楽が静かに流れ、絡み合う僕らの指も、徐々に激しさを増していった。
彼女は、流れゆく窓の外の景色をぼんやりと見つめていた。
僕はそんな彼女の方を、変わらず見ることが出来ず、前方の車のテイルランプにその視線を集中させていた。
もう僕の耳には、周囲の雑踏の音は、一切届いていなかった。
対抗する車のヘッドライトだけが、途切れることなく、僕の目に光の軌跡を残した。
やがて、ホテルに到着した。
大通りから少し入ったところにあるそのホテルは、当時、若者に結構人気のあるホテルだった。
僕は、この日の為に念入りにリサーチをして、そのホテルを選んでいた。
時計の針は、すでに八時半を回っていた。
でも平日のせいか、思いのほか混んではいなかった。
僕は奮発して、最上階の一番高い部屋を取った。
少しでも、彼女に喜んで貰うためだった。
僕らは再び手を取り合うと、寄り添うようにその部屋へと向かって行った。
「すごーい」
部屋に入るなり、優美はそう声を上げた。
部屋は想像していた以上に洒落てて、高貴な清潔感さえ漂わせていた。
彼女は中央にでんと構えたベッドに飛び乗り、無邪気にはしゃぎ始めた。
僕はゆっくりとソファーに腰を下ろすと、気持ちを落ち着かせるように煙草を吹かした。
彼女が、今度は窓の方に走って行った。
「綺麗・・・」
そして、目を輝かせながらそう言うと、窓の外の景色を眺め始めた。
彼女の声に吸い寄せられるように、僕も後を追った。
「ホンマや・・・」
そして、そう言うと、背後からそっと彼女を抱き締めた。
応えるように、彼女は僕の腕に手をあててきた。
そして僕らは重なり合ったまま、窓から見える夜景を眺め続けた。
その絶景の夜景は、万人が滅多に味合うことの出来ないと思えるほどの、最高級なものにさえ思えた。
僕には、この日、この時の、このシチュエーションが、まさに二人だけの為だけに与えられたもののようにすら、感じられるのだった。
「シャワー浴びよっか?」
彼女の耳元で、僕は囁くようにそう言った。
彼女は小さく頷いた。でも、
「一緒に入ろうか?」
と、真面目な顔をして誘う僕に、
「恥ずかしいから、いい・・・」
と、照れながら断った。
僕は必要以上に悲しげな顔を作ると、
「じゃあ、先入るね」
ひとりバスルームに向かった。
僕が出ると、替わるように彼女がバスルームに向かった。
「絶対、来ちゃ駄目だよ」
向かう途中、はにかんだ顔をしながら、彼女がそう言ってきた。
「分かりました」
僕は再び悲しげな顔を作ると、わざと丁寧な口調でそう言った。
ソファーに腰を下ろした僕は、待ってる間、特にやることもなかったので、テレビでも見ることにした。
たまたま点けたチャンネルでは、売れっ子のお笑い芸人が、体を張って笑いをとっていた。
普段なら、大爆笑の筈だった。
でも、この時ばかりはちっとも笑えなかった。
仕方なく僕は、再び煙草を吹かした。
でもやっぱり彼女のことが気になる僕は、何かにつけてはバスルームの方に視線を向けているのだった。
暫くすると、ドアが開く音がして、バスタオルを纏った彼女がちょこんと顔を覗かせた。
「照明落として・・・」
随分とか細い声だった。
僕は言われるがままに照明を落とし、部屋を薄明かりにした。
すると、彼女が突然、バスルームから激しく飛び出して来た。
かと思うと、素早く布団の中に潜り込んでしまった。
あっけにとられる僕だったが、そんな彼女にたまらず微笑んでしまってもいた。
僕は纏っていたバスタオルを静かに取ると、彼女の待つ布団の中に入っていった。
そして、ゆっくりと彼女の方に躰を向けた。
彼女は恥ずかしがるように、背を向けて、躰を丸めていた。
そんな彼女に、
「好きだよ、優美」
僕はそう囁くと、背後から包み込むように彼女を抱き締めた。
「こっち向いて」
次にそう囁くと、彼女がゆっくりと躰を回転させた。
そして、今度は正面から彼女を抱き締めた。
それから、彼女が纏ったバスタオルを丁寧に取った。
薄明りの中でも、彼女の躰のラインははっきりと分かった。
それは細くしなやかで、見事なまでのくびれを見せていた。
白く透き通った肌は、軽く触れただけでも、壊れてしまいそうなほどだった。
「恥ずかしい・・・」
彼女が手で、すぐに躰を覆い隠した。
「凄く綺麗だよ」
でも、僕はそう言って、その手を優しくどけると、彼女をゆっくりと包み込んだ。
彼女の躰はやけに温かく、少し火照っているようだった。
そして、僕らは、激しくキスをした。
互いの気持ちを、強く確かめ合うかのように。
それから、僕は、初めはゆっくりと、そして優しく、彼女の躰に指や舌を這わせていった。
彼女の口からは、徐々に甘い吐息が漏れ始めた。
僕の五感すべてが、激しく揺さぶられていった。
次第に興奮してきた僕は、彼女を激しく愛撫した。
彼女を喜ばせようと、僕はもう必死だった。
彼女は恥ずかしがりながらも、強くそれに応えてくれていた。
替わるように、今度は彼女が僕を愛撫してきた。
彼女も、僕の躰に、優しく指や舌を這わせてきた。
あまりの柔らかなタッチに、僕は全身が骨抜きにされていくのを感じた。
最後には、僕のモノを包み込んで来た。
僕の興奮は、まさに最高潮を迎えようとしていた。
すぐに我慢出来なくなった。
そしてはやる気持ちを抑えるように、僕はゆっくりと彼女の中に入っていった。
こうして、僕らは、遂に一つになった・・・。
僕は、彼女の中で激しく興奮した。
すると、僕はあっという間に昇天した。
それは、僕が今までに味わったことのないような、絶頂感にすら感じられるのだった。
ことが終わると、僕は優しく彼女を抱き寄せた。
彼女は、僕の胸の中で静かに目を閉じていた。
そんな彼女の髪を、僕は何度も何度も指で優しく掻き撫でた。
そして、これ以上ないと思えるほどの幸せに、いつまでも、ただいつまでも、酔いしれているのだった。
「俺のこと、いつから好きになった?」
暫くしてから、僕は胸の中にいる彼女に尋ねた。
「内緒・・・」
少しはにかみながら、彼女はそう答えた。
「俺はたぶん、優美が気付くずっと前から、優美のことが好きだったよ」
彼女は黙って聞いていた。
「そうだ、俺、研修中に優美のこと見に行ったことがあるんやけど、覚えてる?」
僕は、彼女との初めての出会いについて語り始めた。
「えー、いつの話?」
「ほら、俺の同期の坂井君が、研修で6課に行ったことがあったやろ?」
「あー、あった、あった」
「そん時、うちの課にめっちゃ可愛い庶務がおるからって、優美のこと見に行ったんよ」
「へー、そんなことがあったんや」
「えー、そん時優美、俺と目が合って、会釈までしてくれたんよ。覚えてへんの?」
「ごめん。・・・全然覚えてへんわ」
「ホンマに!ひどいねー」
少し怒ったように僕はそう言うと、抱き締めていた手にさらに力を込めた。
「ごめん、ごめん」
彼女はそう言うと、僕の胸に深く顔を埋めてきた。かと思うと、
「でも坂井君、私のこと、可愛って言ってくれてたんや」
茶目っ気たっぷりに、そうも言ってきた。
「お前なぁー、じゃあ俺も香織さんのこと・・・」
「あー」
僕らはそうやって、心ゆくまでじゃれ合った。
そして、愛し合った。
それは二人にとって、本当に、本当に幸せな時間だった。
本当に、本当に・・・。
それからも、僕らは、何かと時間を作ってはデートを重ね、激しく躰を重ね合った。
そんな二人は、時に将来の話さえすることもあった。
「ねぇ・・・、もし私が離婚したら、私のこともらってくれる?」
僕の胸の中で、彼女が尋ねた。
「当たり前やん。俺は絶対に優美のこと幸せにするし、優美のこと愛し続ける」
僕は即答した。
そして、それは、今まで誰相手にも口にしたことがない、普通なら照れて言えないような臭いセリフでもあった。
勿論、杏子にだって。
でも、僕は、優美相手だったら、そんなセリフも平気で口にできた。
そんなセリフ、彼女の為ならいくらでも費やせた。
そして、その言葉すべてに、嘘偽りなど一切なかった。
仮にこの関係が公になったとしても、たとえ世界中の誰もが僕らを非難しても、僕は彼女の為ならすべてを擲ってもいい、出来ればこの先彼女とずっと生きていたい、本気でそう思っていた。
それほどまでに、僕は彼女を愛していた。
不倫という常軌を逸した関係が、必要以上に僕を狂わせていたと思われるかもしれない。
でも、僕は、今でもそう思っていない。そして、今でもこう信じている。
僕らは、ほんの少し、出会うのが遅かっただけだと・・・。
そう、彼女は、僕が生まれてから初めてと言っていいくらい、心底愛した女性だった。
そして、彼女は、僕のすべてだった。
この恋は、確かに日常に氾濫するありふれた不倫の恋だったかもしれない。
不倫が人道を外れた行為なんてことも、勿論分かってる。
でも、この恋は、僕にとっては純愛だった。
真実の愛、そのものだった。
気付けば僕は、自らとその行為すべてを正当化し、その行為を邪魔するすべてを、悪としているのだった。
優美との穏やかで幸せな日々は、それからも続いていった。
携帯やメールもないこの時代の恋愛は、確かに不自由さもそれなりにあったけど、でもそれはそれでスリルあるものでもあった。
連絡には、会社の内線電話をよく使った。
互いに席についてる時を狙っては、アイコンタクトしてから電話を掛け合った。
彼女は少しおっちょこちょいなところもあって、僕以外の人が出て、あたふたすることもあった。
非常階段や二人っきりのエレベーターの中で、よく内緒話をした。
急にドアが開いて、二人で余所余所しい態度をとるなんてこともあった。
怪しんでいる人も中にはいたかもしれないが、人妻の優美が、まさか僕なんかと交際しているとはさすがに思わなかっただろう。
僕らは、まるで社内不倫という、それはスリルあるゲームを、思う存分楽しんでいるかのようですら
あった。
そんな数ある彼女との想い出の中で、特に印象に残っているのが、課主催の信州への慰安旅行だ。
それは、残暑残る九月上旬の一泊二日の旅行だった。
休日の土、日を利用してのこの旅行は、優美と付き合ってなければ、ハードスケジュールの男臭い、ただ辛いだけの旅だった。
でも、優美と共に過ごせるこの旅行は、普段の休日を彼女と過ごすことの出来ない僕にとって、物凄く貴重な時間だった。
参加者は、課のメンバー以外にも、優美と仲の良い庶務仲間の松本さんや、妻同伴OKということで、香織さんも同行した。
課長、係長を除く、総勢二十三人。移動には、すべて貸切バスを使った。
僕は優美を通じて、松本さんとも仲が良かった。
優美と同い年の松本さんは、おっとりとした心優しい女性だった。
どちらかというと天然で鈍感タイプな彼女は、これまた都合のいいことに、僕らの関係を疑うような子ではなかった。
と言うより、全く気付いていなかったと思う。
初日は雲一つないような天候に恵まれ、朝からとても過ごしやすい一日だった。
バスは早々に高速に乗ると、すこぶる快調に最初の目的地である観光スポットに向かった。
僕は後輩の森君と座り、優美は松本さんと隣同士で座っていた。
窓側の席を陣取った僕は、はやる気持ちを抑えるように、座るとすぐに窓を開けた。
すると、そこから吹き込んでくる風が、心地よく僕の頬を揺らした。
まるで小学校時代の遠足を想い出させるかのように、僕の気持ちは高ぶっていた。
そんな僕は隣に座る森君に、競馬とは何たるかを、永遠と熱く語っているのだった。
高速を二時間ほど走ってから、サービスエリアで最初の休憩となった。
早々とトイレを済ませた僕は、煙草を吹かしながら、ひとりベンチに座ってくつろいでいた。
「おはよー」
そんな僕の前に、香織さんがどこからともなく現れた。
「あ、おはようございます」
「あのさー」
「はい」
「席さー、次ウチのと替わってくれへん?」
「えっ?」
「私とさー、ちょっと話せーへん」
「えっ?」
すぐには理解できなかった。
「えーと、香織さんと僕が座るってことですか?」
「うん」
香織さんは大きく頷いた。
僕は、混乱する頭の中を必死で整理していた。
「あー、別にいいですけど・・・、太田さんの了解はとってあるんですか?」
「うん、もちろん」
香織さんは満面の笑みでそう答えた。
「あぁ・・・」
僕の頭の中は、パニックに近い状態だった。
香織さんの意図するところが、全く分からなかったからだ。
まさか、僕と優美との関係を。
いやいや、かと言って、断る理由も特にないし。
「じゃあ、そういうことだから、よろしくね」
僕の返事を待つこともなく、香織さんはそう言うと笑顔で立ち去っていった。
未だ呆然とし続ける、僕をひとり残して。
バスに戻ると、太田さんにも促されて、僕は半ば強制的に香織さんの隣に座ることになった。
太田さんは「どうぞ」と言った、何食わぬ顔をしていた。
「もしや、太田夫妻がタッグを組んで・・・」
もう僕は、訳が分からなくなっていた。
でも、問題はそこで終わらなかった。
最悪なことに、優美の席がすぐその斜め後ろだったからだ。
急な展開に、優美に言い訳する時間なんて、ある筈もない。
優美の視線も気になって、なおのこと落ち着けないでいた。
そう、僕は二匹の雌蛇に睨まれた逃げ場のない蛙状態に、完全に陥っているのだった。
「どんな人なのか、前から話してみたいと思ってたの。ほら、あんまりちゃんと話したことなかったでしょ」
香織さんは、涼しい笑みを浮かべながらそう切り出してきた。
「あー、そうだったんですか。別に、普通の奴と思いますけど・・・」
僕はとりあえず、そんな慎重な言葉から返していった。
でも、内心はドキドキし通しだった。
「絶対に何か探ろうとしている」
そう勘ぐり続ける僕は、なるべく本性を出さないようにと心掛けてもいた。
優美に聞かれないようにと、意識して小さめの声で喋ってもいた。
ところが・・・。
そんな僕の不安をよそに、会話はすこぶる普通で、取り立ててきわどい質問なども一切なく、思いのほか盛り上がっていった。
すると、僕も段々と楽しくなってきた。
そしてそのうち、香織さんにこれといった意図もないようにも思えてきた。
いつしか完全に落ち着きを取り戻した僕は、逆に香織さんが僕なんかに興味を持ってくれたことに、喜びすら感じるようになっていた。
「そうそう、太田さんとの馴れ初めを教えてくださいよ」
すっかり余裕が出てきた僕は、気が付くと、出口の見えないあの質問までぶつけているのだった。
それでも、太田さんの視線だけはきちんと確認しておいた。
「そんな、大した話でもないよ」
香織さんも、太田さん同様、そう言葉を濁してきた。
「澤井さんが傍にいるからかなぁ・・・」
思わず、そう勘ぐった。
「でも、本当にいい人だから・・・」
そして最後にそう言うと、香織さんはそれ以上を語ることはなかった。
「そうですよね。僕も太田さんのこと、大好きですもん」
僕もそう言って、この話を終わらせた。
僕はこの時、この謎は永久に解明されることはないと思った。
少し悲しかった。
でも、まぁ、それでもいいかなと思った。
そしてそれからも僕らは、互いの過去の恋愛話なんかで随分と盛り上がった。
香織さんは、想像通りのいい人だった。
しかも、可愛いし。
結局、優美の話は一つも出てこなかった。
「僕の思い過ごしだったかな・・・」
気が付けば、優美の存在を完全に忘れてしまうほど、僕は香織さんとの時間を思う存分満喫しているのだった。
と、ここまでは、まだ良かったのだが。
バスが二回目の休憩を取るために、サービスエリアに着いた時だった。
「じゃぁ、次は松本さんと席変わってもらって」
香織さんは不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、そそくさとバスを降りていった。
「・・・」
僕は完全に言葉を失っていた。
そう、今度はなんと、優美と同席するように勧めてきたのだ。
香織さんの意図するところが、再び分からなくなった。
「優美に気を遣ったのか?」
そんなふうにも考えた。
僕の頭の中は、再び混乱状態に陥っているのだった。
でも、いいように考えると、僕は社内で一、二を争う、美女同士の熾烈な恋のバトルの中に置かれている当事者にでもなったような気がして、なんだか嬉しくなってきた。
そう考えると、ちっとも悪い気がしなかった。
ただ、二人とも、すでに人妻だったけど・・・。
だが、こうして僕は、香織さんの勧めるままに、次の目的地まで優美と同席することになった。
周りの先輩たちの目は少し気になったが、僕は敢えて無視することにした。
「何話してたの?」
僕が隣に座るなり、優美は付けていたウォークマンの左耳側だけ外して、そう訊いてきた。
ただその顔は、明らかに少し怒っているようにも見えた。
「いや、別に・・・。特に、大した話はしてないよ」
とりあえず、そう返した僕だったが、声は微妙に上ずってもいた。
「あーそや、太田さんとの馴れ初めを訊いてみたよ。香織さんも答えてくれなかったけど・・・」
だからそう言って、すぐに話を逸らした。
「随分盛り上がってるように見えたけど・・・」
しかし、優美は顔色一つ変えず、再び話を戻してきた。
「そう・・・?そうでもなかったと思うけど・・・」
僕は執拗に話をぼかした。
「ふーん・・・」
すると、優美はそう言ったきり、何も言わなくなった。
そして、再び外していたイヤフォンを左耳に付けたかと思うと、僕に背を向けるかのように窓の外の景色を眺めだした。
「やばい」と思った僕は、最初どう取り繕うかと考えた。
でも、ここは周りの視線も考えて、とりあえず自重することにした。
そして、何事もなかったかのように
「何聴いてるの?」
そう尋ねると、優美の返事も聞かず、彼女の左耳から勝手にイヤフォンを外して、自分の右耳に付けた。
すると、そこからは、ドリカムの名曲、「未来予想図Ⅱ」が流れていた。
きっと何年経っても こうして変わらぬ気持ちで
過ごしていけるのね あなたとだから
この曲は、当時彼女が一番好きだった曲だった。
そして、彼女に合わせるように、僕も好きになった曲だった。
僕らは心地よくバスに揺られながら、一つのイヤフォンを分け合って、言葉も交わすことなく、静かにその曲を聴き続けた。
僕は、不意にここで、彼女の横顔越しに見える、窓からの景色にその視線を移した。
そこには、眩いばかりの美しい絶景が一面に広がってた。
色鮮やかな緑の木々たちに覆われたその世界は、壮大且つ、眩しいほどの輝きを放っていた。
僕は今まで話にばかり夢中で、いつの間にか現れたその雄壮な自然の景色に、全く気付かないでいた。
すると、その景色にすっかり目を奪われた僕は、日々の生活で疲れ切った心が、一瞬に洗われる気がした。
そのうち、僕は、隠れて優美と手を繋ぎたくなった。
でも、さすがにそれはやめといた。
代わりに、僕らは、狭いシートで肩を寄せ合った。
彼女の心地よい温もりが、やんわりとそこから伝わってきた。
僕には、それだけで十分だった。
やがて、バスは最初の目的地である観光スポットに到着した。
特に決めてあった訳でもなかったが、僕と優美は常に行動を共にした。
たださすがに、二人きりという訳にはいかなかったので、森君や松本さんも一緒だった。
向かう途中、僕は売店で使い捨てカメラを買った。
優美の写真が、どうしても欲しかったからだった。
そして、皆を撮る振りをしながら、優美の写真ばかりを、密かに僕は撮り続けた。
「ちょっと、やめてよ」
それに気付いた優美が、照れるように顔を背けた。
「可愛く撮るから」
でも、僕はそう言って、彼女にレンズを向け続けた。
レンズ越しに見える彼女は、僕の目にはまた随分と新鮮に映った。
サラサラのロングヘアが爽やかに風に舞い、壮大な景色とも重なって、その笑顔はまた一段と輝いても見えた。
念願の優美との2ショットも、森君をうまく使って撮ることが出来た。
僕の宝物は、こうしてひとつひとつ増えていくのだった。
見学を終えた僕ら四人は、少し時間もあったので、土産屋に立ち寄った。
その店には、たくさんの名産品やご当地グッズが、隙間もないくらいにぎっしり置かれていた。
「これ買って」
優美が僕の耳元で、囁くようにそう言った。
可愛いキーホルダーだった。
無言で頷いた僕は、二人にばれないようにそのキーホルダーをこっそり買った。
今度は400円だった。
「ありがと。これで、二つ目やね」
それを手に取った彼女が、満面の笑みでそう囁いた。
その顔からは、「金額なんて関係ない」
僕には、そう言ってるように見えて仕方なかった。
「幸せの価値観」は人それぞれ違う。
それは当たり前のことで、誰にも肯定も否定も出来ないのだが、僕にはそんな彼女の想いが、その笑顔から充分に伝わってきた気がした。
周りの色よい景色にも誘われて、僕はどんどんと優しい気持ちになっていくのだった。
その後スケジュールを一通りこなした僕ら一行は、宿泊先の温泉施設完備のホテルに到着した。
そこは驚くことに、場所柄にしては不似合と思えるほどの、近代的でやけに立派なホテルだった。
同室となった僕と森君は、部屋に入ると、ろくに寛ぐこともせず、すぐに温泉に向かった。
向かった温泉場は、ホテル完備の割には随分と広々としていて、結構それっぽい感じの造りだった。
「あぁ・・・」
湯船に浸かるなり、思わずそう声が出た。そしてそれからも、
「ずーっと、こうしていたいなぁ・・・」
気持ちいい汗をたっぷり掻きながら、森君とそんな話ばかりしていた。
現実から久々に逃れた異空間に、旅の疲れは瞬く間に飛んでいくのだった。
いい具合にお腹も減ってきたところで、大広間での食事となった。
こういう場所で味わう、地元の旬料理は、やはり格別に旨かった。
管理職クラスもいなかったので、ゆっくりとお酒も味わうことが出来た。
その食事を済ませると、ほろ酔い気分で、二度湯にも浸かりに行った。
これがまた、やたらと気持ち良かった。
僕はもうこれ以上ない、最高にリラックスした気分になっているのだった。
夜が深まると、僕はこっそり優美の部屋を訪ねた。
優美は、松本さんと同室だった。
僕らは買い込んでいた、お菓子やジュースをベッドいっぱいに広げると、それをつまみに深夜までいろんな話で盛り上がった。
「眠くなった・・・」
随分と夜も更けたところで、松本さんが先に眠りに就いた。
僕は照明を落として、部屋を薄明かりにした。
それからは、優美と二人きり、心ゆくまで語り合った。
「このまま二人で、ここで寝ちゃおっか」
そんな冗談まで。
「そうしたいけど、見つかったら大変なことになっちゃうよ」
彼女は微笑みながらそう言うと、僕の手にそっと触れてきた。
僕は隣で眠る松本さんに気遣いながらも、応えるように優美と手を繋いだ。
それから、僕らは、静かにキスをした。
窓からは、微かな月明かりが差し込んできて、そっと僕らを照らしていた。
都会の喧騒から解き放たれた静寂奏でるこの場所で、二人の夜は、こうしてゆっくりとゆっくりと、更けていくのだった。
迎えた二日目も好天に恵まれ、僕らは旅の最終目的地である遊園地を思う存分満喫した。
そして、優美との沢山の想い出を作った慰安旅行は、無事幕を閉じた。
最後まで、最高な形で。
それは、不倫関係の二人には、本当に夢のような時間でもあった。
ただ、僕は、優美に隠れて、こっそりと杏子のお土産も買っていた。
それは、旅行前日にした、唯一の杏子との約束でもあった。
でも、僕が杏子のことを考えていたのは、この旅行の期間中、その一瞬だけだった。
出来たはずの、連絡すらしなかった。
そう、僕の頭の中は、もう優美のことでいっぱいいっぱいで、もはや杏子のことを考えてる隙間など、微塵も残っていなかったのだった。
恋ばな第5弾、一つになった夜編、いかがでしたか?
次回から、話は急展開、この恋の末路はどうなるのか。
少しだけ期待してくださいね!
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