2015年12月8日火曜日

マスターの恋ばな⑦ ー転落編ー




僕の恋ばな第7弾です。

お時間のある方は読んでみてください。







優美と杏子との狭間で揺れる僕に、神は遂に試練を与えた。

澤井さんが会社を辞める九月末、事態は思いもよらぬ方向へと走り出していくのだった。




それは、突然の話だった。

折りからの会社の業績停滞に加え、澤井さんの退職も少なからずの起因となって、なんと設計3課を中心とした大規模な人事配置転換が行われるとの噂が流れ始めたのだ。

僕の周りにも、いつしか不穏な空気が漂い始めていた。

課内の数名が、他部署への異動の可能性があるといった噂だった。

「万が一俺が飛ばされたら、優美のせいでもあるからね」

そんな中、僕は優美とこんな冗談をよく口にしていた。

そう、この時の僕は、まだそこまでこの噂を深刻にとらえていなかった。

配属されて僅か二年の僕が、異動なんてある筈がない、

正直そう思っていたからだ。

しかし一方で、何よりも、誰よりも僕自身が、その異動リストに入っている可能性も否定できなかった。

何しろ、僕は、明として三浦課長に好かれていなかったからだ。

そして、その原因の一つが、優美と必要以上に親しくしていることが起因していることが、偽りようもない事実でもあったからだ。

「大丈夫やって」

優美は決まってそう言って、笑顔でそれを受け流した。

僕はその言葉を信じていた。

いや、信じたかった。

しかし一方で迫りくる暗雲を、何故か感じずにはいられなかった。

理由はと聞かれても困るが、何故かそんな気がしていたのだ。




そして、1992年9月30日、僕は運命の日を迎える。

その日の空は、やけに不気味な感じの分厚い雲に覆われていて、今にも激しい雨を生み出さんかと、産声を上げ始めているようにも見えた。

早朝に木下係長から、午後に係内ミーティングを行うことが告げられた。

やはり、何かある。

噂は、現実となりつつあった。

奇しくも、この日は、澤井さんと佐伯が退社する日でもあった。

僕は挨拶周りに来た二人と、最後の想い出話に話を咲かせていた。

しかし内心は、午後のミーティングのことが気になって、心此処にあらずといった感じだった。




定時一時間前の午後四時に、僕を始めとする2係全員が、三浦課長と木下係長の待つ会議室に集められた。

事の重大さを見据えるかのごとく、会議室は既に異様な雰囲気に包まれていた。

僕はこの時、今からちょうど二年前に経験したあの配属先発表を思い出さずにはいられなかった。

途端に、胸騒ぎが止まらなくなった。



初めに三浦課長が、今回のミーティングの経緯について語り始めた。

僕が入社して二年半、青天井と思われたバブル景気は今や空前の灯、景気は停滞期を迎えようとしていた。

会社側も、そんな状況にいち早い対応をすべく、課内改革を行うとの主旨が説明された。

噂は、遂に現実となった。

僕の緊張も、止まらなくなった。

すると、一通り話を終えた三浦課長の顔が、さらに引き締まった。

そして次に課長の口から発せられた言葉は、その場にいる僕ら全員を一瞬で凍りつかせていくのだった。



「この2係は、今日を以って消滅します。それに伴って各々異動となりますので、今から新しい配属先を発表します」

その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中は真っ白になった。

予想を遥かに超えた状況に、頭の整理は全くと言っていいほど追いつかなかった。

でも、そんな僕の気持ちなんてお構いなしといった感じで、課長は淡々と発表を進めていくのだった。



それでもその発表は、四人目の先輩までは課内の係内異動といった、比較的穏やかなものだった。

僕も幾分、楽観的になりかけていた。

だが、太田さんの番になると、室内はその空気を瞬時に異質なものへと変えていった

太田さんに、情報システム5課への異動、そう、他部署への異動が告げられたのだ。

瞬く間に、気が動転していった。

だが、息つく間もなく僕の番。

そして、僕が呼ばれた異動先は、なんと、生産システム1課だった。


生産システム1課。

その名前に、僕は目の前が途端に真っ暗になった。

一瞬で、何も見えなくなり、何も考えられなくなった。

そう、僕は深い深い奈落の底へと、一瞬のうちに突き落とされていったのだった。




その異動先である生産システム1課は、仕事内容は今とさほど変わらない、製品の開発や実験を行う部署ではあった。

しかしそれは、製品の開発とは到底かけ離れた、完成した製品の緩衝部材や梱包部材の開発を行う部署だった。

簡単に言えば、花形の開発部門から、裏方の開発部門へ。

そう、この異動は、端から見れば、単なる技術部内異動だったが、僕ら技術屋からすれば、都落ち、そう、左遷と同じだったのだ。

僕は、上司から完全に見限られた。

そして、完膚なきまでに見捨てられたのだった。




あまりのショックに、僕は暫く放心状態のままだった。

ミーティングが終わってからも、すぐには席から立ち上がることが出来ないでいた。

それはそれくらい、受け入れ難い事実だった。



先輩たちに促されて、僕は何とかその重い腰を上げた。

でも、その足取りは酷く重かった。

誰かに支えてもらわなければ歩くことの出来ないほどにも、それは見えた。



ようやく会議室から出ると、他の係の先輩たちが声を僕に掛けてきた。

でも、その声は、到底僕の耳には届いていなかった。

逆に、僕には、哀れむといった同情の声に聞こえて仕方なかった。

だから、僕は、一言も言葉を発することはなかった。

そして、そんな僕を察してか、気付けば僕の周りには誰もいなくなっていた。

課内は、その時、あり得ないくらい静まりかえっているように感じた。

それは、僕がこれまでに経験したことのないような、疎外感ですらあった。



席に戻った僕は、依然失意のままだった。

突きつけられた現実を、少しも受け入れられないでいた

正面をじっと見据えたままだった。

完全に固まっていた。

それでも周りの視線を徐々に気にしてか、気丈に振舞おうともした。

でも、そんな僕にも、周りはやはり冷ややかな視線を浴びせてるように感じた。

そして、陰でこんなふうに話してるように、僕の耳には聞こえていた。

「優美ちゃんと、遊び過ぎたからや」

「自業自得やで」



悔しかった。

悔しくて仕方なかった。

そんな僕の体は、怒りや屈辱感で満ち溢れていた。

それは、三浦課長や木下係長に対するものであり、僕のことを陰で嘲笑う先輩たちに対するものでもあり、自分自身に対するものでもあった。

そう、僕は、完全にプライドを傷つけられていた。

そしてそれは、簡単に立ち直ることが出来ないほどの、酷い傷つけられ方だった。



暫くすると、そんな僕を気遣ってか、澤井さんと太田さんが声を掛けに来てくれた。

「大丈夫か?」

心配そうに、二人はそう訊いてきた。

「大丈夫です・・・」

僕は、そうとだけ答えた。

ただ、その顔からは、すでに生気は消えていた。

目は、完全に虚ろだった。

気が付くと、二人も僕の前からいなくなっていた。

それに暫く気付かないくらい、僕は精神状態も麻痺しているのだった。



その後も、僕は、暫く席で固まったままだった。

誰とも、言葉を交わすことはなかった。

無論それは、優美さえ例外ではなかった。

あれほど気にしていた彼女の姿が、この時ばかりはまるで目に入らなかった。

そして定時を迎えると、誰とも目を合わせることなく、挨拶さえすることなく、ひとり静かに職場を後にした。




外は、いつしか、僕の涙雨ともとれるような雨が降り始めていた。

見上げる空も、僕の気持ちを映し出すかのように、澱んだ灰色に染まっていた。

その降りしきる雨の中、僕は傘から垂れる雨粒にどっぷりと肩を濡らしながら、ひとり寂しく帰路に就くのだった。



誰よりも早く寮に戻った僕は、それから一歩も部屋を出るようなことはなかった。

ベッドに、仰向けになったままだった。

腹は空いているはずなのに、食欲も全然なかった。

全くと言っていいほど、立ち直ることが出来ないでいた。

何も考えられないでいた。

そんな僕の異動は、技術部内ではすでに知れ渡ってしまったのだろうか、普段なら行き来のある友人が、僕の部屋を訪れるようなこともなかった。

部屋の周りは、やけに静かだった。

でもそのことが逆に、僕の孤独感を煽ってもいった。

無性に、焦燥感を掻き立ててもいった。

僕は、やり場のない怒りや屈辱感といつまでも激しく格闘しながら、ただ漠然とその時を過ごし続けているのだった。



どれくらいの時間が経ったのだろう・・・。

気付けば、眠りに就いていた。

時計を見ると、二時間程経っていた。

ふと、テレビを点けてみた。

バラエティ番組をやっていた。

暫くの間、見続けた。

ちょっとだけ笑えた。

すると、そんな僕にも、ようやくここで心境の変化が生まれ始めていた。

そして、ひたすらこんなことを考えるようになっているのだった。


起きてしまったことは仕方ない。

現実を受け入れるしかないんだ。

僕は、サラリーマンなんだ。

サラリーマンである限り、これは避けて通れぬ道なんだ。


僕はそう思うことによって、この苦境を乗り越えていこうと考えていた。

自分にそう言い聞かせることによって、少しでも前向きになろうと考えていた。

無論、それは簡単なことではなかった。

簡単な訳がなかった。

でも僕は、無理やりにでもそう考えようと思った。

そう考えるしかないと思った。

そうでも考えなければ、僕はこの苦しい状況を乗り越えることなんて、絶対出来ないと思った。



でも、冷静に考えれば、僕のここ数か月の会社での振る舞いは、社会人として到底相応しいものではなかった。

それは、自分自身でもよく分かっていた。

上司もまたそんな姿の僕を、冷静に判断しての決断だとも思った。

だから、左遷は自業自得だった。

それは、なるべくして下された決定だった。



僕はそう考えることにした。

そう言い聞かせることにした。

そう言い聞かせることによって、この現実を少しでも受け入れようと思った。

本心は勿論、怒りや屈辱感をそう簡単に拭いきれる筈はなかった。

でも、そう自分を蔑むことによって、この現実を受け入れようと思った。

いや、そう自分を蔑むことによってしか、この現実を受け入れられないと思った。



そして、そう思うことが出来た時、ようやくここで優美の顔が浮かんできた。

そうだ、僕には優美がいる。

そう思うと、少しだけ元気も出てきた。

でも、優美とは毎日会えなくなる。

少し、悲しくなった。

でも、これは考えようによっては、不倫もばれる心配もなくなるし、それはそれで良かったのかな、

そう思うことにした。

そう、僕は元来のプラス思考を盾に、すべていい方向に考えることにした。



最後になって、ようやく杏子の顔が浮かんできた。

杏子になんて言おう、左遷なんて絶対に言えないし・・・。

僕は暫く考えて、とりあえず嘘をつくことにした。

それは、彼女に対する、僕の小さな見栄でもあった。


夜遅くになるのを待って、僕はいつもの時間に、いつも通り杏子に電話を掛けた。

「俺、明日からちょっとした異動になっちゃったよ。まぁ、仕事内容は今と殆ど変わらないんだけどね」

僕は取り立てて何事もなかったように、そう話した。

「ふ~ん、そうなんだ。でも、随分急な話だね」

彼女は幾分不思議そうにそう答えたが、大した反応はしてこなかった。

それから、いつものようにとりとめのない話をして、いつものように電話を切った。

少し後ろめたい気もしたが、心配かけるよりはマシかなと思った。

それから、僕は、何とかベッドに就いた。

でも、やっぱりなかなか寝付けないでいた。

目が覚めたら、すべてが夢であるように願ってもいた。

そんなこと、叶う筈もないのに。




翌日、出社した僕は、身の回りの整理を慌ただしく済ませると、お世話になった上司や先輩たちに軽く挨拶をして廻った。

でも、そこには、昨日とは打って変るように、毅然とした態度を取り続ける僕がいた。

やせ我慢をしてると思われようが、そんなことはどうでもよかった。

ただ僕は、いつまでも落ち込んでいるような弱い自分を、見せたくないだけだった。

それは、僕の精一杯の意地でもあった。



それからその挨拶を一通り終えると、僕は足早に異動先の生産システム1課に向かった。

すると、そんな僕を、優美がどこからともなく追いかけてきた。

「同じ技術部内なんだから、関係ないよ。頑張ってね」

彼女は、何事もなかったように、そう言ってきた。

僕は、無言で頷いた。

もう少し優しい言葉でも掛けてくれれば、正直そうも期待したが、彼女からそれ以上の言葉を貰うようなことはなかった。

「前から、異動のこと、知ってたんちゃう?」

本当は、そう訊きたかった。

でも、今さらそんなこと聞いても意味がないと思って、そこはやめといた。

「送別会には出ないって、言っといて」

そして最後にそう言うと、静かに彼女の元から離れていった。

僕にも意地はあったが、三浦課長や先輩たちと笑って酒が飲めるほどの大人には、まだまだなりきれてないということだ。





しかし、そんな傷心な僕を、拾う神はいた。

新しい配属先である生産システム1課は、想像を遥かに超えて、僕を暖かく迎えてくれたのだ。

「設計システム3課から来ました。皆さん、よろしくお願いします」

やや緊張した面持ちでそう挨拶した僕は、思いのほか大きな拍手で包まれた。

僕はこの時、設計システム3課に配属された新入社員時代のことを、何故か無性に思い出していた。

そう言えば、あの時も、随分と緊張しながら挨拶した憶えがあった。

でも、僅か2年半で、二度目の就任の挨拶をするとは、正直夢にも思わなかった。

僕は己の人生を、どうしても嘆かずにはいられなかった。



その生産システム1課は、柴田課長を筆頭に、庶務の安達さんまで含めると総勢25人。

課には三つの係があり、僕は後藤係長率いる1係に配属された。

その1係には、先輩方五人と後輩一人がおり、電子機器全般の緩衝部材の設計及び耐久試験が主たる仕事だった。

ただ、一つだけ厄介なことがあった。

それは、通勤時のスーツ着用だった。

僕はこれから毎日ネクタイを締めて、息苦しく会社に通うはめになってしまった。



その後、係内ミーティングを行い、僕は改めて係の皆に紹介された。

そのミーティングを終えると、後藤係長が僕を手元に呼んで、こう言った。

「君にはすごく期待しているからな」

係長の目はやけにギラギラと輝いていて、そこからはビシビシと熱意が伝わってきた。

「が、頑張ります・・・」

そんな係長に少し圧倒されながらも、僕は精一杯そう答えた。

「柴田課長が積極的に君を受け入れたんだよ」

係長は、そうも続けた。

「ありがとうございます。これから宜しくお願いします」

思いもよらぬ係長の言葉に少し驚いた僕だったが、しっかりとそう答えた。

でも、係長から頂いた言葉の数々は、随分と僕を勇気づけてもくれた。

出会ってそれほど時間は経っていなかったが、二人が人間的に実に立派な方々で、仕事の上でも尊敬できる人だということは、すぐに理解出来たからだ。

僕は幸せ者だと思った。

こんな僕に、そんな言葉まで掛けて頂いて。

だから、正直やる気も少し出てきた。

少しでも、二人の恩義に応えようとも思った。

考えてみれば、僕が落ち込んだ態度をとるのは、ここで働いている方たちに随分失礼な話でもあった。

僕も、さすがにそれくらいのことは分かっていた。

実際、先輩方も後輩も、皆真面目でいい人ばかりだった。

だから、僕に落ちこんでる暇などなかった。

僕は心を入れ替えて、仕事に取り組む覚悟を決めた。



でも、またしても神の悪戯だろうか。

折角芽生えた僕のやる気と反するように、不運は続いた。

間が悪いというか、なんと言うか、たまたま仕事の区切りが悪く、僕はしばらくの間、溜まった実験のデータ整理を任されることになった。

正直、がっかりした。

でも突然配属されてきた訳だし、仕方がないとも思った。

だからこの時、これくらいのことで、僕の士気が簡単に下がるようなことはなかった。

でもこの事態もまた、僕の運命に大きく関わってしまうことになるのだ。



仕事の面では、そんなふうに出鼻を挫かれた格好になった僕だが、優美との関係は順調に続いていた。

僕らは毎日会えないという厳しい状況に置かれながらも、以前と同じように数回のデートを重ねていた。

左遷前と何ら変わらぬ、幸せな日々は続いていった。

だから僕も、次第に左遷ショックから立ち直ろうとしていた。

だが二人を取り巻く環境は、思いもよらず悪化していくのだった。



僕の在籍する生産システム1課のビルと、設計システム3課のビルは、社内でも一番と言っていいくらい距離が離れていた。

その距離は、最寄り駅が一つ変わるほどだった。

だから異動になってからというもの、社内で彼女と会う機会は殆ど無くなった。

また左遷という憂き目に遭った僕が、以前いた設計システム3課にひょうひょうと顔を出せる筈もなかった。

そして携帯電話もないこの時代の僕らに残された最後の連絡手段は、内線電話だった。

しかしその最後の砦となる内線電話も、二人の絆を繋ぐ赤い糸とは無情にもなりえなかった。



僕らは当初は、異動になって間もないという名目で、何かと理由を付けては気軽に電話も出来ていた。

だが時間の経過の共に、お互い用も無く電話を掛け続けることには、やはり無理があった。

さらに、電話をしても、互いに不在の状況が起こり得るのは当然の事態でもあった。

彼女が出れないことで、電話さえも次第に掛けづらくなっていった。

それは、彼女にとっても同じだった。

必然的に、会う機会は減っていった。

そしてそんな彼女との関係も、微妙にずれ始めていくのだった。



「なんであの時間に電話に出えへんの?」

「そんなん、私にも都合があるやん」

だから僕らは折角会っても、貴重な時間の一部を、そんな下らない言い合いなんかに充ててしまっていた。

「俺、実験のデータ整理ばっかやらされてんのや」

そんな下らない愚痴ばかりも、こぼしてしまっていた。

自分でも気が付かないうちに、情けない姿ばかりを彼女に見せてしまっていた。

そう、彼女を唯一の捌け口にしてしまっていた。

それでも、彼女は、いつでも黙って聞いてくれていた。

特に、僕に意見を言うようなこともなかった。

現在振り返れば、彼女がそんな愚痴を聞きたくなかったことも、情けない姿の僕を見たくなかったことも容易に理解できる。

そう、彼女は左遷なんて、気にも留めていなかった。

逆境に立ち向かう、強い僕を見ていたかったんだと思う。

でも、その時の僕は、そんなふうに考えている余裕なんてこれっぽっちもなかった。

気付いてすらいなかった。

何故なら僕は、自分が置かれた哀れな状況に、いっぱいいっぱいだったからだ。



さらに僕は、会う度に、必ずと言っていいほど、彼女の躰を求めた。

何度も何度も、激しく激しく。

そう、僕は彼女の躰さえも、その捌け口にしてしまっていた。

一分一秒でも彼女と繋がることで、その傷口を塞いでいた。

常に、彼女に癒されていたかった。

困惑していく彼女に、やはり愚かな僕は気付くことなく。

そして彼女に狂い、彼女を求め続ける僕の我儘は、それからも止めることなくエスカレートしていくのだった。



だが、不運もあった。

僕らの仲を妬んでいたある輩が、僕に彼女がいることを、このタイミングで優美に告げてしまっていた。

僕は、別に隠していたわけではなかった。

僕に彼女がいるという話は、結構知られていた話でもあったので、優美は既に知っているものだと思っていた。

別段訊かれることもなかったので、その話もしたことがなかった。

僕に彼女がいることなんて、優美は興味もない、そうも思っていた。

でも優美にとって、それはそうでなかった。



事態はこうして、次から次へと悪循環を生み、どんどんと深刻になっていった。

すると優美は、僕に対して、次第に冷たい態度をとるようになっていった。

遂には、僕の誘いも断るようになった。



彼女は、最後にこう言った。

「私たち、しばらく距離を置いた方がいいと思う」



その言葉を聞いた瞬間、僕は再び深い奈落の底へと激しく突き落とされていった。

今度は、決して簡単に這い上がることが出来ないと思えるほどの、深い深い奈落の底へと。

それは僕にとって、ある意味「この世の終わり」と同じだった。

度重なる不運に、遂には神さえ恨んだ。

それが全て、自らが犯した過ちのせいにも拘わらず。

でも実は、許すべからず「罪」の行為に対し、遂には神から「罰」を受けたのだとも思った。


「分かった・・・」

僕は、力無くそう答えた。

とても受け入れられるような事実ではなかったが、受け入れることにした。

勿論、受け入れたくはなかった。

受け入れられる筈がなかった。

でも彼女との関係をここで終わりにしたくないと思った僕は、無理矢理にでもそれを受け入れるしかないと思った。

でも実は、ここ最近の彼女の態度から、僕はこの結末をある程度予感していた。

だから、受け入れられた。

何故ならそれくらい、僕に対する彼女の態度は、以前とはすっかり変わってしまったからだ。



僕は、彼女が僕に会いたいと思う、その日まで待つことにした。

時がきっと解決してくれる・・・そう思うことにした。

そう信じることにした。

そして、僕らは会わなくなった。

連絡を取り合うこともなくなった。

それは僕が異動になってから、僅か一ヵ月余りの出来事だった。


























マスターの恋ばな第7弾、転落編いかがでしたか?

今回は終始暗い展開で、つまらないと思う方もいるかと・・・

次回は、僕の一番好きなシーンがある編でもあるので

乞うご期待下さい!








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